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ブラームスはお好き?

 今日は久しぶり(多分8月の20日以来)の土曜休みであった。朝からどんよりとした空模様で、天気予報もよくない。

 洗濯物を外に干そうか、どうしようか迷っているうちに雨がポツポツ降ってきた。 コーヒーを入れて本でも読もうかと思って本棚を眺めているうちに、ずっと前に買ってパッケージを開けていないCDでも聴いてみるか、と思い直してラックの中をゴソゴソとひっくり返してみた。 

 その中の一枚が、アルフレッド・ブレンデルのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィル演奏のブラームスのピアノコンチェルトの2番だった。今から15年ほど前のベルリンでの録音だ。BraPiaCon2

 気がついたらフランソワーズ・サガンが亡くなって一年以上経ってしまっていた。(昨年の9月に他界したと記憶している。)と、いって彼女の熱烈なファンだったわけではない。中学生の頃、文化放送アナウンサーのレモンちゃんこと、落合恵子の番組を聴いているうちに、彼女が影響を受けたというサガンを読んでみたくなって、「悲しみよこんにちわ」「ある微笑」「ブラームスはお好き?」と立て続けに何冊か読んでみたけど、イマイチだった、という思い出くらいしかないのだが、いかにもフランス女流作家らしい思わせぶりな本の題名はずっと記憶の片隅に残っている。

 ブラームスが好きになれるかどうか、まず聴いてみなければ始まらないわけだが、音楽家、特に作曲家の場合、作品はともかく、作曲家自身の人間性が好きになれるか、どうかが僕の場合、重要なポイントになってくる。

 完成までに実に21年もの月日を費やした交響曲第一番ハ短調は、彼が石橋を叩いても渡れない自信のなさ、すべてに完璧を求める性格だったことによるものだ、とされているし、新しい手法や技法に走ることなく、古典的、伝統的なものを究極まで追求していこうとする情熱も併せ持っていた。

 それにもまして、師シューマン亡き後、ブラームスより14歳年上の未亡人クララを援助するうちに恋心を抱くようになり、その思いを彼女に告げることなく、途中でクララの面影を宿すシューマンの三女ユーリエに失恋したり、クララと一時的に仲違いする時期はあったものの、彼女が死ぬまで、実に42年も献身的に支えることになる、など、いかにも北ドイツ人らしい渋い人柄なのがブラームスなのである。僕にとっては、とても憎めない、愛すべき性格なのだ。

 僕は高校時代に、カール・ベームの指揮するウィーンフィルハーモニー管弦楽団がNHKホールで行った、彼の第一番のシンフォニーの演奏を聴いて初めて音楽を聴いて武者震い、演奏が終わった途端に涙が溢れてとまらない、という体験をしたのだが、あれはただ単にチケットが僕のこづかいの2か月分だったのを、取り返そうと必死に音楽に集中していたからだけではない、と思う。

 本当にいい演奏というのは、作曲家がいいのか、作品がいいのか、それとも演奏家がいいのか、お仕舞のほうは混沌としてわけがわからなくなるものだ。 再現芸術の定めとして、一瞬一瞬のうちに消えていく一音一音が、そこはかとなく自らの琴線に連続的に触れ合い、次第に精神をかき乱し、心臓の鼓動を高鳴らしていくのだ。

 後日、NHK-TVで放送された演奏(多分、再放送)の際にも、パブロフの条件反射ではないが、第4楽章の中ほどから僕の涙腺はユルユルになってしまい、一緒に観ていた家族から「どうしたのか」といぶかられたものだ。

 僕がブラームスを聴きたくなるのは、本来ならば、11月から2月にかけて、もっと肌寒く、今にも霙が降り出しそうな鬱々たる低い雲が朝から垂れ込めているような日が多い。そんな日にピアノ四重奏曲や弦楽五重奏曲などの室内楽曲を少しボリュームを絞って、然しながら、部屋の隅々にまで一音一音がしっかりと聴こえるくらいの音量で流し、ひもすがら昔のアルバムや日記帳などをめくりながら熱いコーヒーを飲んでいると、しっとりと落ち着いた気持ちになれるものだ。 

 さてさて、皆さんは、こんなブラームスの愉しみ方はお好きでしょうか?

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