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スリーデーマーチ

 「日本スリーデーマーチ」という3日間歩きまくるイベントが鴻巣市の西方、豚のカシラ肉を焼いているのになぜか焼き鳥のまちとして有名になった(ということは看板に偽りあり、なのに問題視されていない)東松山市で毎年11月の初旬に開かれている。今年で28回目、今年は今日が最終日だった。と、いって参加したわけではない。たまたま、今日、職場でそういう話題になったのだ。

 私が参加したのは、結婚前だから20年も前になる。確か、初めて聞いた時は、なぜ、3日間なのに「スリーデイズ」と複数形にならずに「スリーデー」なんだろう?と不思議だったのだが、東松山で開催される前は、群馬県の高崎あたりでやっていたらしいのだが、その頃は「スリーデイズ・マーチ」だったとか、後できいたことがある。読売新聞の後援から朝日新聞にかわったら「ズ」が取れてしまったらしい。

 私は、毎年、学生時代から結婚するまで、夏休みに主に北アルプスあたりの山を中心にひとりで縦走を楽しんでいたのだが、その年、白馬山荘でたまたま同じウナギの寝床に寝ることになった、福島県白河市から来た黒川さんという、極めて覚えやすい名前の男性と意気投合して、ウイスキーを飲み交わすうちに、「実は、毎年、東松山のスリーデーマーチに行っているのだが、よかったら、今度一緒に歩きませんか?」と声をかけられたのであった。きけば、学校の体育館に寝泊りして、50キロコース、40キロコース、30キロコースなどに分かれて比企丘陵を3日間かけて歩き尽くすというイベントだという。 1日に50キロ×3日間で150キロだ。 歩くことも好きだが、夜な夜な市内の焼き鳥屋さんをハシゴして、やがては全店制覇をするのが夢なのだ豪語している。

 「そりゃ、面白そうだ」ということで、二つ返事でOKしたのだが、うかつにも、お互いの連絡先を教え合わないうちに、そのまま別れて下山してしまったのに気づいたのは、白馬蓮華温泉の露天風呂につかって缶ビール片手にひとり満天の星を眺めているときだった。

 「もしかしたら、会えるかもしれない」という淡い期待(でも、考えてみると男なんだけど・・・)を胸に、11月にスリーデーマーチに参加して、参加者名簿に白河市の黒川何某という名前を探したのだが、見つからず、3日間、体育館や会場内はおろか、3日間でハシゴした焼き鳥屋さん計9軒でも邂逅すること適わず、「ジャズが好きだ」という言葉を頼りに、当時東松山市内にあった「Five Pennies」だったか「5つの銅貨」という日本語名だったか自信ないが、駅近くの商店街の地下にあったジャズ喫茶にも毎晩通ったのだが、ついに再会することはなかった。

 で、本題のスリーデーマーチのことだ。 黒川さんの話では、50キロコースだと、のんびり景色を眺める余裕はないよ、ということだったので、40キロコース(現在のコース設定にはない)というのに参加したのだが、結構な荷物を背負って縦走専門とはいえ、雪渓やらガレ場、鎖場など、アップダウンの激しい山道を薄い酸素の中、一日に10~12キロ歩いてきた人間が、距離は3倍以上とはいえ、平坦な、ほとんど舗装された歩きやすい道路を歩くのだから、大したことないだろう、と高をくくってかかったのが大失敗だった。

 体育館に敷き詰められた貸布団で黒川さんのかわりに隣り合わせになったのは、名古屋から来たという小学校の元校長先生だったが、50キロコースを歩くというこの人から、スリーデーマーチの攻略法を伝授された。 ①短い休憩時間を回数を多くとる(ダラダラと長く休まないこと) ②水分補給は怠らず、ただし、ものを食べるのは控える。よって昼食用の弁当も不要である。 ③隣の人と余計なおしゃべりはしない。おしゃべりは余計なエネルギーを使う。 ④帰着後は、十分にマッサージをして、筋肉をほぐす。 ⑤早め(午後8時まで)に就寝して翌日のウォーキングに備える。 というものだったが、なにしろ、こちらは、どちらかといえば、参加目的がかなりいい加減であって、可能であれば、うら若き女子大生グループなどと前になったり後になったりの楽しい会話、昼食時には冷たい缶ビールが欠かせないだろう? 特に、辛子味噌だれ焼き鳥屋のハシゴ、のノリで来ているものだから、もういけません。今、思えば、この校長先生のいうことをよく肝に銘じておけばヨカッタ。

 1日目は沿道の景色を楽しみながら、余裕のスタート&ゴール。チェックポイントごとに設けられている地元自治会のテントで、豚汁をもらったり、ふかしたてのお饅頭を頂戴したりで、「ええ、大会やないか」

 2日目、多少の前日の疲れも沿道の地域住民のみなさんの「頑張って~」という声に、手を振りながら、ひきつった笑顔を返すことができていたのだがゴール後の感想「結構、シンドイかも・・・」

 3日目には正直、口をきくのもシンドイ状態で、疲労困憊の極みに達していた。足は一歩踏み出すごとに鈍痛が走り、森林公園に各コースが集結後、市内に戻るパレードの時には足を引きずっていた。「おっ、俺は生きて生還できるのだろうか・・・?」 家族の顔がチラチラ浮かぶ。

 それでも、なんとか120キロを歩き終え、打ちあがる花火のもと沿道の市民の大声援の中、ゴールに到着して「完歩賞」というのを貰うことができた途端に、気持ちが異様に高揚してしまった。 多分、24時間テレビ「愛は地球を救う」のチャリティーマラソンのランナーのゴールみたいなもんだね。 「ええい、歩きついでに、このまま家まで歩いちゃおうかな」と、なんとも無謀なことを考えてしまったものだ。 まあ、約束の時間にはまだ早いものの、当時つき合っていた彼女が、東松山市街地のお祭りの交通規制を避けて、途中にある「いつもの喫茶店」の駐車場まで車で迎えに来てくれる手筈になっていた。 うまくいけば途中で拾ってもらえるだろう。 だが、しかし、20年前に携帯電話が普及していれば、その後の惨劇は起こりえなかったであろう。

 大抵の青春ドラマの場合、そうであるように、彼女の車は私の目の前に終ぞ現れなかったのである。店の名前を聞き違えたのか、時間を勘違いしたのか? 彼女は「待っていたのに~」と言うのだったが、あとで単純に「いつもの喫茶店」が、私と彼女で異なる認識(当時よく使っていた喫茶店が道路を挟んでほぼ同じ場所に左右に別々に存在していた)というオチ(ということはもしかして、俺以外の彼氏とはこっちの店がいつもの店なのかいな)がついて、とてもツライ笑い話で終わったのだが・・・

 とにもかくにも、賽は投げられたのである。ルビコン川を渡りだしては、もう元には戻れないのだ、痛い足を引きずりながら一路我が家を目指す目はうつろ。 途中、車で通りかかった行楽帰りの職場の先輩から声をかけられ、事情を話すと、「いいねえ、若いって素晴らしい!」といたく感激してくれて、「車に載せてくれるのかなあ~」という甘い期待を見事裏切って、「まあ頑張ってくれ!」と缶ジュースを2本くれたっけ。疲れ果てた体に、肩に食い込むリュックザック、2本の缶ジュースが鉛の重しのように応えたなあ。そういえば、当時はペットボトルなんてなかったし・・・。 

 なんとか無事に家までたどりついたものの、3日間合計120キロにプラス、自宅までの徒歩20数キロが加算されたために、翌日の朝、出勤するのに革靴に足が入らなくなるほど足の甲が腫れ上がってしまい、その後の3日間、情けないことに背広姿にサンダル履きで出勤する羽目になってしまった。 おまけに荷物もないのに、2階へ行くのにもエレベーターに乗らなくてはならない。登りヨイヨイ、下りは怖い!というくらいに両膝が大笑いして、いうことをきいてくれなかった。 

 日本スリーデーマーチ、今でも「完歩賞」と記念のメダルを見るたびに、結局、当時の彼女の底抜け脳天気な「ごっめ~ん!」のお愛想笑いを筆頭に、けっこうほろ苦い思い出の数々が脳裏に蘇ってくるのであった。

 「スリーデーマーチか、ツーデーマーチになったら、また参加しよっかな・・・・」

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コメント

はじめまして。
とても面白く読ませていただきました。
是非、来年は昔を思い出しながらでも、参加されてはいかがでしょうか。
私もまだ3回目ですが、年々楽しく面白くなります。
来年はお会いできますよう!

投稿: だいふく | 2005年11月14日 (月) 21時25分

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2日目、吉見百穴・森林公園ルートです。 疲れで寝過ごす事もなく、みごと6時に起床 [続きを読む]

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