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年の別れ

あっという間に大晦日である。クリスマス前から、風邪気味でなんとなくすっきりしない気分のままで新年を迎えそうである。そういえば、去年の大晦日は大雪の中、買出しに出かけたっけ。

思えば、勢い込んでブログを立ち上げてみたものの、8月末の細君の病気・入院騒動が勃発して出鼻をくじかれて、気ぜわしい気分のうちに年の瀬である。退院後も細君の体調は思わしくない。自ら年賀状で「身も心もボロボロの一年」とこの一年を振り返った由。「更年期障害の辛さなんて男にはわかないでしょうね」と自ら更年期障害を克服したという担当の女医さんに言われたのだが、更年期障害に苦しむ細君を見守る男の辛さは女にはわからないでしょうね。

いつもなら、細君がやっていてくれる家の掃除も手付かずのところがかなり残ってしまい、ところどころ穴の開いた障子や緑色に濁った水槽に目をやりながら、いつになく普段着の正月、ということになりそうである。そうはいっても、正月は明日やって来てしまう。 弟家族に手伝ってもらい、昨日、餅つきも無事済んで、御供えやら、門松やらを飾りつけ、なんとか気分的には正月らしくなってきた。

門松は 冥途の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

ふむ、新しい年になるとすぐにまたひとつ年齢を重ねてしまう。そういえば、最近、右肩の上げ下げがツライ・・・。

紅白歌合戦のラインアップを見ても58組中、歌手の名前と顔が一致するのが31組しかいない。年々、その数が減っていっては見る気もしない。その代わりにテレビ東京の「年忘れ  にっぽんの歌」などはハッキリいって安心して見ちゃったりするような年齢になったのだ。

堀口大學の詩に「年の別れ」というのがある。多田武彦が曲をつけて男声合唱組曲「人間のうた」の最後の曲だった。大体、年末に行われる合唱団のコンサートのアンコールには毎年、2,3のステージで必ずといっていいほど歌われるほどの人気のあった曲だった。自分は4年間男声合唱をやっていたが1度しかステージで歌わなかったので、歌詞はうろ覚えで自信がないが、大晦日になると無性に口ずさみたくなる。

逝く年は音にさえ立てぬ
逝く年は女であるか 
盛りゆく影が侘しい
うなだれて見返りがちに
盛りゆく後姿が 
捨てられた女のように
別れゆく影が淋しい 
女なら嘆きもしよう
逝く年は音にさえ立てぬ
野の末の流れのように 
年が逝く 風に光って
唖の子の恨みさながら
目に涙いっぱいためて

最近知ったことだが、現在では、組曲「人間のうた」からこの曲だけが抹殺されて、別の曲が入れられたという。最後の「唖の子(おしのこ)」という言葉が差別用語というのが理由なんだとか・・・。そういえば、10年ほど前に、慶応義塾ワグネルソサエティーの定期演奏会(確か新宿厚生年金会館だった)に行ったとき、この部分が「物言えぬ恨みさながら」と換えて歌われてビックリしたのだが、現在では作曲家自身の判断でこの曲がお蔵入りとなったという。多田先生の曲では同じく男声合唱組曲「雨」の中に「十一月にふる雨」という佳曲があったが、これも歌詞の中に「非人の小屋も濡れにけり」という一文があり、同様の理由で別の曲に差し替えられてしまった。確かこの詩も堀口大學だったような気がする。

「好きだった歌」が楽譜もレコードも消えてしまう。知らないうちに、自分の刻んできた歴史が、後からかき消されていく、というのも寂しいものだ。

自分にとっては、この曲がこの1年への惜別の歌に相応しい、第9の「歓喜に寄す」の如く、「新しい年よ、いらっしゃい~」みたいな気分で新年を迎えるのは少々カッタるくなってしまっているのかもしれない。

除夜の鐘が響いてきましたね。では、よいお年を・・・!

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