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花よりトラフグ

 花冷えの雨があがると、強い北風。 そんなパターンが繰り返され、いつしか桜の時期も終わりである。 花より団子というわけではないが、季節的にはどうか?とは、思うのだが、フグを食べてきました。
 最近では、東京近辺でも、安くフグが食べられるお店が増えていて、わざわざ浅草まで出かけなくても、一年中、フグ料理が堪能できる。 大宮の南銀座通り(通称「ナンギン」)にある「やぐら」もそんなお店の一つである。 僕はずいぶん前の正月に高校時代の仲間と新年会をやったことがあるがそれ以来、久しぶり(多分4年ぶりくらい)のやぐらのトラフグである。 

 あらかじめ予約しておいた「泳ぎとらふぐちりコース」は、にこごり・刺身・唐揚げ・ちり鍋・雑炊にデザートがついて4,980円。 「泳ぎとらふぐ」とは、もちろん、直前まで水槽で泳いでいたものを調理してくれるためで、ちり鍋の皿の上では、トラフグの切り身が、ピクピクと動いている(欧米では動物虐待ということで問題化しそうだが・・・)。 当然、新鮮・美味である。 フグの味というと淡白。 鍋にしても少しも脂が浮いてこないのだから、本当に魚なのか、いぶかしく思えるのだが、なんといっても、その歯ごたえ+味わいが、調理方法によって、これほどまでに変化するというのも珍しいだろう。 言葉は悪いかもしれないが、豆腐みたいな魚だ。 

 日常的に、激辛だの、まったりだの、脂がのってますねえ、みたいな食事に慣れ親しんでいると、フグの味というのは、ホットする味、というか、とても優しく感じられる。 フグの調理法をあみだした、というより、フグを食べようと思った日本人はエライ!(なにしろ、間違えば命を失うのだから)と感じてしまう。 そして、なによりもフグを美味しい、と感じられる味覚を持っていることもスゴイことだ、と思う。 

 今日は、実は、とてもチャーミングなクライアントとの、以前から延び延びになってしまっていた約束を果たすために、ご一緒にフグを頂戴したのだが、花粉アレルギーによる咳が止まらず、咽喉が気になって、落ち着いてフグの味を噛みしめることも、会話を楽しむこともできなかったのが返す返すも残念であった。 フグの味云々する前に、咽喉の奥のムズムズ感をどうしてくれようか?という思いばかりが駆け巡り、なにか言いかけようとすると、エヘン虫が、待ってましたとばかり騒ぎ出す気配、慌てて口を押さえ、横を向いて、咳き込むことばかりで、何を話そうとしていたか、咳とともに何処かへ飛んでいってしまったようで、今、思い返しても、一体全体、何をどう喋ってたのか、全然覚えていない。 おかげで聞き上手にも徹することができなかった。  

 で、家に帰り着いて、今日は大宮薪能のチケットも買えなかったし(はなから発売日を一日間違えてメモしていたんだけど・・・)、楽しみにしていたクライアントとの会食も個人的には結構後味の悪いものとなってしまった。 先様には「今年は後厄で、ついこの間、厄除けをしまして、今日はフグ(福)をいただいて、すっかり厄払いができました」と言って、一応喜んでいただいたのだが、自分的には、かなり落ち込んでしまっていたりするわけです。 この咽喉の辛い状態も例年ならば5月の連休明けまでの我慢、我慢。 当分、陳麻家のむせ返るような坦々麺も食べられませぬ。 いっそ、激辛の灼熱陳麻飯と坦々麺を咽喉に大量に流し込んで、エヘン虫どもをカプサイシン中毒にして一網打尽にしてしまおうか? あ、そう入力しただけで、ゴホン、ゴホン!でございます。

ハア~、脱力・・・。

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