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たかが500円、されど500円

 昨日の仕事帰りに車を走らせていたところ。 見知らぬ女の人が手を振りながら急に前方に飛び出してきて、ビックリしてブレーキを踏んだ。 誰か知り合いの車と勘違いでもしたのだろう、と思ったのだが、どうも様子がおかしいので、サイドウインドウを降ろす。

 30代半ば(に見えた)と思しき、そのご婦人の言うには、昨夜、子どもが急病で病院に入院したのだが、旦那さんの車で病院に運んで、旦那さんはそのまま車で県外に仕事に出かけてしまったのだという。 奥さんは慌てていて、その車の中に財布や家の鍵の入ったバッグを置き忘れたままだったので、自宅に入ることも、何も買うこともできない。 お子さんは今日になって症状が落ち着いてきて、ベッドの上で「プリンが食べたい」というのに、それを買うことすらできないので、400円でいいからお金を貸して欲しい、という。 憔悴しきった様子で目にうっすらと涙を浮かべている。

 行きがかり上とはいえ、何かやっかいな事件にでも巻き込まれたら、と不安に思っていたので、こちらもホットして、小銭入れの中にあった100円硬貨を5枚手渡す。 
 「それは、お困りでしょう、少ないですけどお使いください。 私は通りすがりで、この辺の人間ではありませんのでお返しいただかなくても結構ですから・・・。」

 先方も急に、それまでの不安そうだった表情が一変して、安堵の笑みを浮かべて
「どうもありがとうございます。 本当にありがとうございます。」
と、涙を流さんばかりだった。

 バックミラー越しに、何度もお辞儀したり手を振ったりしている彼女の姿が徐々に小さくなるのを見つめながら、「もしかしたら新手の詐欺に引っかかってしまったのかなあ?」とも不安になった。 1万円と言われれば、「え? 悪いけど。他を当たってくれよ」となるけれども、400円といわれれば、気軽に、もしかしたら本当に1000円くらいは呉れてしまうかもしれない。 そんな自分のようなお人好しが20人も引っ掛かれば10000円である。でも、500円ずつ20人から巻き上げるために、あんな面倒な(それも迫真の)演技をするわけがない、とも思えるので、この線は消えた。

 そのうちに別の考えが頭の中を駆け巡る。 これから缶ビールを買いに寄ろうとしていたコンビニまで車に乗せて行って、プリンを買ってから病院まで送ってあげたほうがよかったかなあ? (どこの病院かも聞いていなかったけれども) 話の筋からすると、母親のほうも昨夜から何も食べていないかもしれないのだから、1000円くらい渡してもよかったんじゃないか? などと、思い始めると、いても立ってもおられず、踏み切りのところでUターンしてみたのだが、すでに彼女の姿はなかった。 ゆうに5分は経過している。 ますます、「もっといろいろと気がついて相談にのってあげればよかったかなあ・・・」と後悔することしきりで、最初は良いことをした、と思っていたのに、5分後には、気配りのできない自分に対して腹立たしいやらで、すっかり落ち込んでしまった。 (最近、こういうアップダウンが激しい気がする。 逆にダウンアップならばノープロブレムなのだが・・・。) 

 それでも、コンビニで缶ビールを買うことは忘れずに、レジでお金を払い、先ほどの母親に渡すために100円玉5枚を出したばかりの小銭入れに、つり銭を戻そうと、ふと見ると足元に500円硬貨が落ちているのを発見した。
 「これ、落ちてました」
 店員に差し出すと、「お客様が落とされたのではないですか?」 確かに1000円札で缶ビール(500ml)を買ったので500円硬貨も、つり銭として渡されたのだが、それはまだ、自分の手の平に残っていたので、首を振った。 たとえ、落とし主のもとに返らずに、あのままセ○○・イレ○○のものになってしまうかも知れないけれども、また一つ良いことをした。 気持ちが少しハイになる。 続いてどんなダウンが待っているのか?と考えると気が滅入るけれども。

 また、車の中で考える。

「もしかすると、神様が、良いことをしたご褒美に500円をすぐに返してくれたのかもしれないなあ。 だとすれば、あのまま貰っちゃってもよかったのかなあ・・・」

 今日、職場でこのことを話題にすると案の定、
「患者さんの家族ですから、病院でお金くらい貸してくれますよ。 それにお子さんの学校や幼稚園のお友達とか、ご近所とか、頼るところはあるでしょうに。 新種の詐欺ですよ、それ」
たまみやんさんは、優しいからなあ。 人が善すぎますよねえ。 端で見ててハラハラするくらい。」
と、ますます、当方の落ち込み方を加速するようなことをワイワイ言ってくれる。 この前のNさんの一件もあって、「お人好しのたまみやん」というのが僕の人間像になってしまったようだ。 ものの本によると理想の上司とするタイプには当てはまらないらしい。

 しかし・・・

 たかが500円、されど500円。 そうだ、あの母親と、会ったこともないベッドの上の子どもにとって、僕の出した500円は、神様が認めてくれる位の価値は間違いなく、あったに違いない。

 そう考えると、少し気持ちが軽くなった。 

  

 

 

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