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中津川ではやらないの? タクローさん

 31年前、自分は何をし、何を考えていたのだろうか? 
1975年、高校2年生。 ニキビ面の男だらけの汗と体臭でムンムンの教室の後ろには、数本のギターが立てかけられて、黙って一緒に授業を受けていた。 休み時間になると、教室のあちこちで即席の「かぐや姫」や「風」(確か、当時、かぐや姫はもう解散していたような気がする)「NSP」のミニコンサートが始まったものだ。 僕も一人のときは拓郎になったり、隣のクラスのSと二人ならサイモン&ガーファンクルやオフコース、KやNと三人揃えば一緒に元気よくアリスなどをハモっていたものだ。

「『つまごい』って何処よ? 遠いの? かけがわ? 桶川なら毎日通過してるけど・・ ヤマハリゾート? それって合歓(ねむ)の里じゃないの?」

 自分の中では、73年ライブを境に拓郎ブームは下火になりつつあった。(僕にとっての吉田拓郎はあくまでもエレックレコード時代からCBSソニー(オデッセイ)時代のアコースティックギターの吉田拓郎である。)かぐや姫も伊勢正三の作品には心魅かれていたものの、自分のレパートリーには成り切れていなかったせいか、拓郎&かぐや姫のジョイントコンサートがある、ときいても、まったく「我関せず」だった気がする。 今、自分のLPやCDのライブラリでも、かぐや姫のものは一枚もないし、拓郎のものもエレック時代の「青春の詩」「人間なんて」「オンステージともだち」あとCBSソニー移籍後の初期のものしかない。

 これが、「つま恋」ではなくて「中津川」で、そして今、小室等氏は及川恒平と四角桂子と3人で「まるで六文銭のように」というグループ(以前は「3文銭」って言ってなかったっけか?)を作って活動しているらしいので、六文銭とのジョイントならば、何をおいても駆けつけたであろう。 僕にとって、拓郎伝説は、つま恋ではなく、中津川フォークジャンボリーでの六文銭との「人間なんて」 から始まったのだから。 もっとも、別れた元妻とのジョイントはいくらなんでもできないか~。 でもABBAだって復活コンサートしたのだから、一度くらいはねえ。

 でも、今回気になるところは、「人間なんて」をやったかもあるのだけれども、僕にとっての名曲「兄ちゃんが赤くなった」や「マークⅡ」「イメージの詩」「今日までそして明日から」を歌ったのかどうか?である。 かなり個人的には、「いつからなのか」とか「恋のうた」、「準ちゃん」が好きなのだが、これは多分、ないだろうな~。

 それにしても、あのNHKがハイビジョンとはいえ、生放送したらしい。 75年当時では絶対考えられなかったよなあ。(社会現象としてニュース的な価値は認めたかもしれないけれども、音楽番組としては取り上げなかったろうな。) あの紅白歌合戦出場を「持ち時間を30分くれれば出てやる」と言って辞退した御仁だものな・・・。

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