« 2006年9月 | トップページ | 2006年12月 »

紅白歌合戦

 紅白歌合戦の出場者が発表になった。例によって、知らない歌手、名前は知っていてもどんな歌を歌っているのかわからない人が多い。(実は昨年ほどではないのだが・・・)
よって、今年もチャンネルを合せることはないだろう。 

 今回の出場歌手を僕なりに分類すると以下のようになる。
◎歌手もどんな歌を歌っているか知っているし、カラオケでも歌える
○歌手もどんな歌を歌っているか知っているが、あえて歌いたいとは思わない
△歌手名は知っているが、何を歌っているのかわからない(多分、歌を聴けば「ああ・・・これ歌ってるんだぁ」と思うのだろう)
×多分、今回初めてきいたのでは?

紅組

aiko (5)


×

白組

秋  川  雅  史 (初)


×
絢  香 (初) Aqua Timez (初) ×
ア ン ジ ェ ラ ・ ア キ (初) × 五  木 ひ ろ し (36)
石  川 さ ゆ り (29) w-inds. (5) ×
今  井  美  樹 (初) ORANGE RANGE (2)
大  塚    愛 (3) 北  島  三  郎 (43)
川  中  美  幸 (19) 北  山 た け し  (2) ×
GAM & モーニング娘。 (初) ゴ ス ペ ラ ー ズ (6)
香  西 か お り (14) コ ブ ク ロ (2)
倖  田  來  未 (2) さ だ  ま さ し (18)
伍  代  夏  子 (13) SEAMO (初) ×
小  林  幸  子 (28) ス ガ  シ カ オ (初)
坂  本  冬  美 (18) ス キ マ ス イ ッ チ (2)
天  童 よ し み (11) S M A P (14)
DREAMS COME TRUE (11) DJ OZMA (初) ×
中  島  美  嘉 (5) T O K I O (13)
長  山  洋  子 (13) 德  永  英  明 (初)
夏  川  り  み (5) 鳥  羽  一  郎 (19)
浜  崎 あ ゆ み (8) 氷  川 き よ し (7)
平  原  綾  香 (3) 布  施   明 (22)
藤   あ や 子 (15) 細  川 た か し (32)
B o A (5) 堀  内  孝  雄 (17)
BONNIE PINK (初) ポルノグラフィティ (5)
水  森 か お り (4) 前  川    清 (16)
mihimaru GT (初) 美  川  憲  一 (23)
森    昌  子 (15) 森    進  一 (39)
和  田 ア キ 子 (30) W a T (2) ×

なにしろ、カラオケのレパートリーが20年間据え置きなのである。

明日から12月。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中川さんも平沼さんもカッコイイなあ! しかし・・・

 すっきり納まった、鮮やかだネエ。というのが第一印象だった。

 郵政民営化に反対して、離党(除名)した、いわゆる造反議員たちの自民党復党問題である。 自民党内にもいろいろな意見があったが、中川幹事長も平沼さんもお互いの意地を通し、面子を保った格好である。 どちらも立派、特に中川さんは格好よかった、本当に自民党は変ったのかもしれない。

 思えば、昨夏の衆院選。 小泉チルドレンと呼ばれた新人議員ばかりか、古参議員までが「郵政民営化」と連呼して、自民党が圧勝したのは記憶に新しい。解散の理由も、選挙の争点もまさに「郵政民営化」に尽きたわけで、これほど有権者にとって、わかり易い選挙はなかっただろう。 小泉さんがあそこまで我を通してやったんだから、と多くの国民が、「本当に自民党は変ったのかも?」と思ったに違いない。

 それが、小泉さんが政権を降りた途端に元の木阿弥になりそうな様相であった。 情に流されて、無条件に復党を許せば、来年の参議院選挙はおろか、以降の選挙で自民党は大敗を免れなかったであろう。 自民党が圧倒的多数を維持している現在こそ、これまでの自民党とは違うことを印象づけなければ、裏切られた有権者はますます政治という世界から距離をおいていくであろう。 安倍首相が中川幹事長の顔を立てた(本音はどうだか知らない)ことで、案外安倍政権は長続きするかもしれない。 もちろん、現状のままの平沼さんを後になって復党させなければ、という条件つきであるが。

 ということで、平沼さんは後に引けない状況に追い込まれたけれども、こうなると、後になって宣誓書は出せないだろうし、無所属のままでいることになるのかしらん。 多分、自民党も今度ばかりは刺客は送り込まないだろうからね。 でも、今日復党届けを出した11人よりも平沼さんの株はここで、また大いに上がったことだろう。 政治家が信念を貫く姿、これこそがポリシーだわな。 まあ、郵政民営化に反対する、っていうことは時代錯誤も甚だしいし、あれだけ国民が圧倒的な支持を表した結果を踏まえても、自説を曲げない、すなわち、まったく視点がずれてしまっている点で、平沼さんの政治家としての限界を感じてしまいます。 

 それにしても情けないのは民主党。 せっかく政権党の執行部が内輪もめしているというのに、高見の見物で、なんのアクションも起こせなかった。 もっと情けないのは、これだけあの自民党がフレキシブルに情勢に対応しようとしているのに、意固地になって旧態然のままの社民党ということだろうか。 個人的な考えだが、今のままの民主党(支持率14.5%)と社民党(1.2%)でいつづけるよりも、両党が合併したほうがプラスアルファが必ずあると思う(支持率20%くらいにはなるような気がする)のだが。 それくらいないと、二大政党制とはいえない、と思いません? 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

疲れた・・・

 この三日間は、多分、ここ何年かでもなかったくらい、いろいろなことがあった。

 まず、24日(金)は午前中は別の支社で会議と2つの営業所の巡回視察。昼飯を食う暇もなく、支社に帰り、翌日のイベントの打ち合わせやら準備に追われてしまった。

 25日(土)は、午前中は本社で会議。支社からデータの入ったパソコンを支社から持参したのに、いつの間にかセキュリティ対策が強化されていて、無線LANのスクランブルキーが変更されていたりして、なかなかLANに接続できなくて半分会議にならず、かなり焦ってしまった。 そして、再び昼飯をとる時間もなく、午後からわが支社主催のイベントである。その間に部下のご尊父がお亡くなりになった旨の連絡が入り、翌日の勤務体制を調整したり、来場されたお客様のお相手をしたりととにかく、椅子に腰をおろしている暇がない。

 会場の後片付けもままならぬまま、自分が幹事を務めるスポーツクラブの忘年会(いくらなんでも早すぎるよなあ~) が6時30分から予定されているのでそのまま会場へ移動中に、今度は小学3年生の息子から電話で、妻が体調を崩して、寝込んでしまったため、「お腹減った~」。 長男はアルバイトでまだ渋谷にいる。 慌てて、別の人間に会計を頼んで会費を支払い自宅へ戻り、息子に夕食を食べさせたのは午後8時過ぎになってしまった。 その後、午前中の会議録を作成し、寝たのが午前2時。

 今日26日(日)は、午前10時から取引先のイベントにお邪魔することになっていたが、部下の亡父の通夜と告別式の案内やお手伝いの手配をするため、5時起きして、家族の朝食の準備をして7時に出社した。 イベントからの帰社後、本社側の企画についての説明会が二つあり、帰宅したのは午後9時だった。

 年のせいか、やたら疲れたなあ・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「やらせ」だって立派な日本の文化じゃないですか

教育の再生を謳った安倍内閣の発足早々に、「教育」に関する問題で国会が空転するとは誰が予想したろうかいな。 まあ、必修科目の未履修問題は、実は僕が高校時代(すなわり30年も前から)、都内のほとんどの私立(進学)高校では当たり前の話であったから、何を今更、という気がしないでもない。 「ええ、いいなあ! おまえんとこ!? やっぱ、私立はあ・・・」みたいな話はざらにあった気がするのだけれど・・・。 僕が今回の事件で驚いているのは、公立高校でもそういうことがあったこと、なのだ。 だって公立高校の先生は卑しくも、「公務員」でしょうに・・・。だから、そういう人たちが、平然と公文書偽造を組織ぐるみでやっていたことが「オイオイ・・・勘弁してよ」なのである。 なあんの処分もされずに「生徒たちには責任はありません」と言うのなら、自分たちの責任は認めるのかと思えば、「大学受験については、生徒たちの不利益にならないように、切に希望します」みたいなことを言って、校長が自殺すればいいのか? それで、ことが済むにしても、教育指導要領に基づいた授業をしてきた善意の高校生諸君が不利益になることは黙認するのが「教育再生」を旗印に掲げる今の政府なら、安部政権には即刻退陣してもらいたいものですねえ。 

 タウンミーティングでの「やらせ」についても、行政が主催するイベントでは、「当たり前でしょ」みたいな気がして止むを得ないのだが、いまだにそれを問題にするのはいかがなものか? 僕も何回か、県庁や市役所に勤めている友人から、「悪いけど、出席者が足りなくてさ~、出てもらって何か質問してくれねえかなあ・・・」みたいに頼まれたことがあった。(謝礼はなかったけどね。) 
 特に、マスコミ業界なら、日常茶飯事、至極当然のような気がするのだけれど・・・。 大学時代に2年半ほど、「女婿自信」でおなじみの某出版社を皮切りに2つのテレビ局などでアルバイトをしていた経験から、特に日本包装協会と二本テレビはひどかったネエ。マスコミ就職志望だった僕は、本当にガッカリした・・・勤務中に自己嫌悪の塊になってしまった。 現在のマスコミ嫌いの僕はそのときにつくられたようなものだ。

 でも、47歳となった今では、「ああ、社会というものはそういうものなのだ、なにもマスコミだけがああいう世界ではないだ」という、諦念にも似たものがある。 ただ、その創り出す偶像というか虚構の世界のもたらす影響の大きさが、他とは比べ物にならないだけなのだ。 もし自分の息子がマスコミを就職希望としても、目くじら立てて反対することもないだろう。 受けて側である国民が、テレビや出版物で伝えられる報道は、映画と同じなのだ、第三者を喜ばしたり、悲しませたり、怒らせたりするように意図的に創られたものなのだ、ということを理解していればいいのだ。

 「やらせ」というのは、日本の文化というか社会生活をを考える上で結構重要なものなんじゃないのかな。決して「恥」だけが日本特有の文化を代表するキーワードではない。 「やらせ」こそ日本では「オトナ」の世界を生き抜いていくための技術であり、日本を代表する文化である。 残念なことに、「恥ずかしい」という概念が日本人から無くなってきているのに、「やらせ」は戦後の三無主義・六無主義にどっぷりつかった大衆の「煽り」とか「扇動」のためにその分、はびこって来ているのではないだろうか? 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑張れよ~ ツダぁ~!

今日のTV東京「>感涙!時空タイムス」で、津田真男さんの話題をやっていた。 1980年のモスクワ五輪ボート競技シングルスカルの幻の日本代表。 それも、まったくのド素人から「オリンピックで金メダルをとりたい」一心で一念発起して、たったひとりで練習を積み重ねて、日本の頂点を極めた、なのに、ソ連軍のアフガニスタン侵攻によって、西側諸国(こういう言い方も懐かしい・・・)がモスクワ五輪をボイコットしたため、闘わずして夢破れてしまった人である。

実に久しぶりにその名前を聞き、そして初めて、南らんぼうのような、そのご尊顔を拝し奉ることができた。 そう、僕が初めて氏のことを知ったのはラジオの深夜放送だった。 もう一つの別の広場~TBSラジオの金パ(金曜日の>パックインミュージック)、通称「ナッチャコパック」であった。 多分、高校2、3年の頃だったような気がする。 人気コーナー「御題拝借」の中で、津田氏の友人の一人が、「オチコボレ大学生が、一念発起して、オリンピックの金メダルを欲しくて、今からでも一人で練習しても、一番金メダルを取りやすい種目はなんだろうか?」を考えて、ボートのシングルスカルに挑戦して、練習に励んでいる、という話題を提供したのであった。 

ナッチャン(野沢那智)が、例の調子で、懸命に笑いを堪えながらも(そりゃそうだよね~。 「お題拝借」コーナー自体が笑いを取ろうと、受けを狙った投書が多かったし)劇的に読み上げ、チャコ(白石冬美)が、「キャハハ!」みたいな素っ頓狂な笑いで、相槌を打っていたのを覚えている。 最後にナッチャンが「頑張れよ~、ツダぁ~!」とエールを送っていたのが強烈に印象に残っている。

なぜ、そんなに鮮明に覚えているのか、というと、それを聴いた途端に、眠気がぶっ飛んで「ボート競技はそんなに甘いもんや、おまへんにゃー」と真夜中に怒髪冠を衝いたからである。 実は、今となっては、まったく自慢できない話であるが、僕も高校時代に一週間(正確には5日間であるが)だけ、>ボート部に所属(これも正確には仮入部)していた。 入部理由は、スケールでは津田氏に及ばないが、恥ずかしながら氏に近い。 先輩から「埼玉県内の高校でボート部があるのは少なくて、さらに、まともに部員が揃って活動しているのは、うち(大宮)と立教高校くらいなんだよね~。 だからインターハイや国体の県予選は、間違いなく2位以内に入れるし、今、一番、全国に近い部活だと思うよ~!」「人数が少ないから、新入生でも日曜日に戸田のコースで、すぐにボートを漕げるよ」という勧誘の甘い言葉に二つ返事でのってしまったのだった。(アア、あの頃から、なんてイージーライダーなんだろう。)

いつもの妄想癖で、春の川風を切って、オリンピックコースを突き進む母校のクルーの先頭に僕がいる。 コックスに励まされて、オールを懸命に漕ぐ自分の姿。 そうだ! その時、僕は中学生の時に観た映画「いちご白書」の中のサイモンだった。(リンダ役の>キム・ダービーみたいな女の子は残念ながら、当時のボート部にはいなかったなあ、というか男しかいなかった。)

その日から、戸田のコースに出ることを夢見て、想像を絶する厳しい練習(つまり、身体のカタイ自分にとってはまさに地獄のような柔軟体操や筋力トレーニングと走りこみ)が始まった。 果たして3日後の朝には、筋肉痛で2階の自分の部屋から階段を下りることができなくなり、駅の階段や学校でも教室までの階段を昇ったり、降りたりするのに手すりに掴まらなければならなくなっていた。

「そのうち、慣れるよ」とは思ったものの、ついに5日目の授業中に、先生に指名されて、答えようとして立とうとした瞬間に「ア、痛てて・・・」と絶叫、床に落とした消しゴムを拾うことすらできなくなるに及び、ついに戸田のコースで風を切ること適わず、友人のSともどもボート部を去ったのであった。(母校のボート部は、今でも男女とも強いみたいですね~。) 

(前置きが長くなったが、)というくらいだから、「金メダルに一番近い種目」みたいな目で安易にボート競技を捉えんといて欲しいわ~、という感じだったのだ。

確かに、当時の日本のボート競技といえば、モントリオール五輪に唯一出場したエイトが惨敗、おまけに審判艇にまで追い抜かれる、というシーンが国際映像で話題になるようなレベルだったことを考えれば、オリンピックで金メダルはどうかしらないが、日本一になって、日本代表になれることは、他の競技に比べると、比較的容易だったのかもしれない。 目のツケドコロが恐るべし! 

津田氏は東大受験に3度失敗して、結局、別の東大(東海大学)に進み、失意と挫折の中で、雀荘入りびたりの生活を送っているうちに、オリンピックという希望を見出し、それを実現した。特筆すべきは、それもたった一人でである。 オリンピックに出場できないとなると、スパっとボートを諦めて、就職するものの、12年後、40歳のときに、突然、競技を再開し、国体で優勝する。 こんなに劇的な人生を送っているなんてハリウッドが知ったらほおって置かないんじゃないだろうか? いかにもアメリカ人が好きそうな運命の持ち主だよね~。 もっとドラマとか映画でクローズアップされてもいいのではないだろうか?

それにしても、「パックインミュージック」って言ってる割には、お喋りばかりでしたよね。
松山千春のコンサートが、コンサートなのに、シャベクリばっかりだったのと同じだな。

「頑張れよ~ ツダぁ~!」

ナッチャンの甲高い声が今でも頭の中で響いている。 津田真男氏の今後の人生に幸多かれ!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

11月11日

今日は11月11日。今は亡きお袋の誕生日である。そしてお袋が生まれたのは昭和11年だったから、”1”ばかりが6つも並ぶという日で、今だったら、郵便局には当日の消印を求めるマニアが並んだことだろう。そして、あと2ヶ月で自分もお袋が逝った年齢になる。

そして今日11月11日は世間様をお騒がせしている自殺願望少年(少女?)の話題で持ちきり。同時に、PS3の発売開始に、秋葉原では昨日から長蛇の列ができた。なんて平和を享受している今。 今年もあと50日だ。

「死にたい」と常々考えながら毎日を生きながらえること自体が罪、神への冒涜であると思う。まして、本人の人生にまったく無関係の第三者に「死にます」などど手紙を送りつけてマスコミを総動員して、「死にたい」と願っている自分の「死」に世間の関心をひきつけて、こっそりと楽しむなんて・・・。 なんてカッコよくて、惨めなマスターベーションなんだろう。

「生きたい」と願う人がもがき苦しみ横たわるベッドの隣に、静かに「死」を受け入れる準備をしている人がいる。どうせ、人間として生まれてきた以上、早晩「死」は訪れる。それは時間と同様にすべての人間にまったく平等に運命付けられたものなのだ。まわりに理解されずに、苦しんでいる、と感じている人こそ、この世を生きるに相応しい。 
 
あの世(彼岸)に対して、現世のことを此岸と呼ぶが、別に娑婆(しゃば)ということもある。 娑婆とはサンスクリット語のサーハ(耐える場所)が語源だという。 あの世と違って、忍耐できる人のみが現世を生き抜いていくことができる、ということか。 馬鹿にされた、いじめられた、と現世を儚んでどうするのだ。「死にたい、もう生きていたくない」と思いながら「11月11日に学校で死にます」なんて手紙を書いたり、11日まで何かを食べて生きながらえているのだったら、その分、手が不自由で、字を書くことのできない人に替わって、手紙を書いてあげなさい。 飢えた子どもに食べ物を与えて、自らは三日間も何も食べずに耐えている母親に施してやりなさい。 耐えながら生き抜こうとしている人に接して、なんの感慨も受けずに、それでも「死にたい」と願うのなら、ご遠慮なくひとり静かに黄泉の国へ旅立ちなさい。

     雨
            八木重吉

  雨の音が聞こえる
  雨が降っていたのだ

    あの音のように そっと
    世のために 働いていよう

      雨があがるように
      静かに死んでいこう

この六行詩の作者、八木重吉は実に見事なまでに
仏教徒の心をしっかりもったキリスト教徒でしたね。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文化の日はミニラグビーの日

 例年11月3日の文化の日は埼玉県東南部、東京都と千葉県との境にある三郷市でミニラグビー交流会が開催される。(詳細は三郷市を本拠地とするふくじゅ草ラグビースポーツ少年団ラグビークラブのホームページにある。)Img_3824_1

 埼玉県はいうに及ばず、隣接する東京都、千葉県、茨城県(今年は神奈川県からの参加がなかった)のラグビースクールが26校、各クラスごとに79チームが参加して、江戸川河川敷に設けられた11箇所の芝生のグラウンドで合計133試合を行う、というビッグイベントなのだ。

 去年は仕事で参加できなかったが、今年はサービス残業(管理職手当を貰っている身分では場違いな用語だが)を積み上げて、なんとか出かけることができた。 昨年、レフェリーの資格をとっているのだが、現在の職場にいる限りは、とてもお役に立てそうにないので、今回は一愛好家としてカメラを首にかけての観戦である。 世の中は三連休とのことで、案の定、ものすごい車の渋滞に巻き込まれて開会式には間に合わなかった。

 晴れの特異日とはいっても、例年ならば冷たい北からの強風に悩まされるのが常なのだが、今年はじっとしてても汗ばむような暖かさの中で、熱戦が繰り広げられた。

Img_3925 ミニラグビーのよいところは、特に埼玉県では、ゲームの結果を記録に残さない、という意識が徹底していることだろう。 「勝った、負けた」はその一時のことであり、小学生のうちから、勝利を意識させないで、のびのびとプレーさせてやろうじゃないか、ということなのだ。 ゆえに埼玉では「交流会」であって「大会」ではない。どっちのチームが強いか?を試すのがゲームであって、どこが一番強いのかは、問題としない。だから優勝とか準優勝とかいう順位付けもない。成長盛り、伸び盛りの子どものうちにそんなことは気にしない、気にしない、というわけだ。 だから、他のスポーツと違って「敵」という言葉も存在しない。「敵ではなくて相手である」という風に教えることにしている。 相手チームのメンバーとコーチやレフェリーがいなければ、自分たちもゲームを楽しむことはできない。だから相手チームに敬意を表しなさい。「ラグビーと言う同じスポーツをやっていてくれて本当にありがとう、と感謝しなさい」という教えるのだ。

Img_3916  あと今年、特に目についたのが女の子のプレイヤーの多かったこと。もともとルールブックには「男だけ」とは書いていないわけで、特段問題はないのだが、どうしても小学生の頃までは、女の子のほうが体格的には大きかったり、肉付きがよかったり(笑)するので、結構、強かったりするのだ。 埼玉県三芳町のみよしのラグビースクールなどは何故か昔から全員女の子ばかりだし、今回も女の子のほうが多かったチームが、男の子ばかりのチームを打ち負かしたなんてゲームもあった。

Img_3810_1  レフェリーにも女性が多いのもミニラグビーならではの特徴だろう。元気なお母さんたちが子どもたちと一緒になって楽しんでいる光景を、いろいろなラグビースクールの練習場で見ることができる。それこそ、お爺ちゃんを先頭に家族全員がラグビージャージを着てグラウンドを駆け回っているような一家もある。

 こんな光景を見ていると、こちらも元気をもらって「頑張らなくっちゃっ!」という気にさせてくれる。 私はこんなミニラグビーの交流会が大好きなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本当の被害者~その2

 ようやく今日の新聞やテレビでも、今回の未履修問題の「本当の被害者(になろうとしている)の高校生」について言及するところがでてきたみたいだ。読売新聞の編集手帳でも明治の大ジャーナリスト長谷川如是閑の「いにしへの君子は渇しても盗泉の水を飲まず。今の君子は盗泉の名を改めて飲む」という言葉を引用して、学校ぐるみで「不正」を働いてきて、事がバレれれば、故意にやった「必修逃れ」を誰の責任なのかをボヤかして「未履修」などと都合よく名前を変えて「本当は私たちだって被害者なんです」とは、言語道断である。

 今回、世間をお騒がせしている彼ら(学校も生徒も)の言い分を聞いていると、キチンと指導要領に添って授業を行ってきた学校と、それを受けてきた生徒への敬意も、反省の言葉もない。 「文部科学省や指導要領、教育委員会が現実に即していない」ということらしい。 そう思ったのなら、なぜ、そういう意思表示をしないで、陰でコソコソやっているのだろう?

 必修逃れをしてきた生徒が大学受験に際して不利益とならないように配慮する、ということは、善意のその他大多数の受験生にとっては極めて不公平であり、不利益につながるわけである。 喩えは悪いが、殺人犯が未成年である、という理由だけでプライバシーを保護されるような、モヤモヤとしたものを感じる。

 安倍総理大臣は就任時の記者会見で「頑張った人、汗を流した人、一生懸命切磋琢磨し知恵を出した人が報われる社会をつくっていきたい」と述べた筈だ。わずかひと月あまりで、「頑張った人、汗を流した人、一生懸命切磋琢磨し知恵を出した人よりも、楽をして要領よくショートカットした人が報われる社会をつくっていく」ことに方針が変ったようだ。 九割よりも一割の利益を優先させる、自民党の体質は小泉さんがいくら「ぶちこわす」と叫んでも不変だった、ということか。 

 自分の息子のことは、棚に上げて、ボヤいてしまって済みませんが・・・(-_-;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本当の被害者

「教育再生」を謳った安部政権が誕生して1ヶ月が過ぎた。
だから、というわけではないだろうが、教育現場の問題が噴出している。
「いじめ」や「自殺」は以前からあったものの、「必修科目の未履修」の問題は誰が加害者で被害者なのかわからない問題だ。

 実は息子の卒業した高校も該当していたことが昨日の新聞でわかって、かなり息子もショックを受けていた。
 そういえば、この1月、卒業間近だった息子が変なことを言っていたのだ。
「倫理社会の教科書を買ったのに、まだ授業を受けていない」というのだ。
4月に「政治経済を先に進めて、時間があったらやるから」と教師が言った、という。
まあ、どこぞの学校のように「受験に関係ない科目は授業をしません」というのではないらしいのだが、果たして息子が大学受験の際に提出した内申書にはどうなっていたのか、興味津々である。

 校長先生が自殺したり、緊急保護者集会で涙ながらに学校を批判している親の姿があったり、いったい誰が加害者で被害者なのか、よくわからない。うやむやなのが今回の事件の特徴だろう。
 つまり「私は被害者である」と思っている高校生やその親も、別の一面では加害者、学校の共犯者であるからだ。最初にニュースで報道された某高校では「生徒の方から受験に必要のない授業は受けたくない」という要望があったために配慮した、ということだったので、いわば生徒の方から犯罪を教師側にもちかけた、ということだ。 現在の学習指導要領が時代に即したものかどうかはさておき、残念ながら、学習指導要領をまったく理解できない校長、教師が多かったということだろう。 
現在までに未履修が判明した学校は540校で全高校数のちょうど一割であるというが、ということは残りの9割の学校はまじめに学習指導要領にしたがっていたわけである。
ルールを守らない一割のもののために国が定めた基準をゆがめていたのでは、ますます教育行政に対する信頼を失うのではないか? 
総元締めの文部科学省は「弱者救済」の名の下に極めて、温容な措置を講じるように促しているようであるが、これは今回の被害者が誰で、加害者が誰なのかを見極めないで、感情に押し流されている感が否めない。

息子にも久しぶりに厳しい口調で言ったのものだ。、
「知らず知らずのうちに不正に加わっていたのかもしれないが、仮に、後になって、それで卒業資格を失ってしまったからといって、君は大学入試試験をパスした。君の大学は試験をして、君がこの大学に入るに相応しいとして入学を許可したのだから、入学を取り消すようなことはしないだろう。 問題は、受験に関係ある授業だけを受けてきた君たちと、関係ない授業をあまんじて受けてきた高校生の問題だ。つまり、この段階では大学入試に際しては、被害者だと思っている高校生が有利で、真面目に学習指導要領に準じた授業を行ってきた高校に行っていた高校生は不利だった、つまり不公平だった。本当の被害者は彼たちだ。文部科学省も誰も救ってくれない。 同じ土俵で相撲をとれない、という以前の問題だった。オリンピックでいうところのドーピングだ。 そういう不正を行ってきた高校を卒業した、ということを肝に銘じて、教師と高校生がグルになった不正な行為の裏で君たちに蹴落とされた真面目な高校の卒業生で入試に失敗した浪人生たちのことを考えて、しっかりと勉強しなさい。 君たちの卒業年次で、『ああ、あの時の年代の卒業生ですか』という言われ方はずっと続くだろう。だから、頑張りなさい。」

今回の該当校の生徒・卒業生ばかりが被害者としてクローズアップされることは、おかしいのではないか?
彼らは、明らかにこれまでショートカットして高校生活をそれなり(自分に必要ないものから逃避して)に、エンジョイしてきた。今回の事件の本当の被害者は、まじめに国の定めた高校のカリキュラムに取り組んできた高校生や卒業生である。

今回の問題で、大学側の対応も分かれているが、この対応をしっかりとしておかないと、後々、大学の評価が変わるかもしれない。
つまり、事後の対応によって三菱自動車と松下電器で企業イメージが両極端になってしまったようにである。

推薦入学の内申書に関する各大学の対応は(読売新聞による)

(1)虚偽のままなら合格の取消・・・山形大学、埼玉大学、鳥取大学など
(2)再提出、再確認を求める・・・早稲田大学、慶応大学、立教大学、上智大学など
(3)現時点では確認しない・・・筑波大学、神戸大学、明治大学、駒澤大学など
(4)文部科学省の指示をまって決定する・・・大阪大学、千葉大学、日大、専修大、東海大、立命館大など
となる。

(1)は松下電器になれるだろう。(2)は(1)になりきれない分弱いなあ。 (3)はズバリ三菱自動車、でもそれなりにポリシーを感じる。 (4)は論外。ここに私立大学がいてはいけない気がする。 う~ん、母校中大はどうだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年12月 »