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11月11日

今日は11月11日。今は亡きお袋の誕生日である。そしてお袋が生まれたのは昭和11年だったから、”1”ばかりが6つも並ぶという日で、今だったら、郵便局には当日の消印を求めるマニアが並んだことだろう。そして、あと2ヶ月で自分もお袋が逝った年齢になる。

そして今日11月11日は世間様をお騒がせしている自殺願望少年(少女?)の話題で持ちきり。同時に、PS3の発売開始に、秋葉原では昨日から長蛇の列ができた。なんて平和を享受している今。 今年もあと50日だ。

「死にたい」と常々考えながら毎日を生きながらえること自体が罪、神への冒涜であると思う。まして、本人の人生にまったく無関係の第三者に「死にます」などど手紙を送りつけてマスコミを総動員して、「死にたい」と願っている自分の「死」に世間の関心をひきつけて、こっそりと楽しむなんて・・・。 なんてカッコよくて、惨めなマスターベーションなんだろう。

「生きたい」と願う人がもがき苦しみ横たわるベッドの隣に、静かに「死」を受け入れる準備をしている人がいる。どうせ、人間として生まれてきた以上、早晩「死」は訪れる。それは時間と同様にすべての人間にまったく平等に運命付けられたものなのだ。まわりに理解されずに、苦しんでいる、と感じている人こそ、この世を生きるに相応しい。 
 
あの世(彼岸)に対して、現世のことを此岸と呼ぶが、別に娑婆(しゃば)ということもある。 娑婆とはサンスクリット語のサーハ(耐える場所)が語源だという。 あの世と違って、忍耐できる人のみが現世を生き抜いていくことができる、ということか。 馬鹿にされた、いじめられた、と現世を儚んでどうするのだ。「死にたい、もう生きていたくない」と思いながら「11月11日に学校で死にます」なんて手紙を書いたり、11日まで何かを食べて生きながらえているのだったら、その分、手が不自由で、字を書くことのできない人に替わって、手紙を書いてあげなさい。 飢えた子どもに食べ物を与えて、自らは三日間も何も食べずに耐えている母親に施してやりなさい。 耐えながら生き抜こうとしている人に接して、なんの感慨も受けずに、それでも「死にたい」と願うのなら、ご遠慮なくひとり静かに黄泉の国へ旅立ちなさい。

     雨
            八木重吉

  雨の音が聞こえる
  雨が降っていたのだ

    あの音のように そっと
    世のために 働いていよう

      雨があがるように
      静かに死んでいこう

この六行詩の作者、八木重吉は実に見事なまでに
仏教徒の心をしっかりもったキリスト教徒でしたね。

 

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