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福引で2等賞をゲットする

スーパーの歳末福引き大会で、2等賞の3,000円の商品券が当たった。
福引券は26枚あった。25日から1,000円お買上毎に1枚貰えるのだが残念ながら自分で買ったのではない。ほとんどが父親から貰ったものだ。というよりも、福引を引くのに行列をつくってまで参加したくない、ということなのだが、僕だって父親の息子であるから、たかが福引ごときで1時間も行列をしたくはなかった。

もちろん一等が100万円とか、クルマでも当たろうものなら、う、う~ん、そうね。2時間くらい並んでもいいかな、という雰囲気だが、特賞がディズニーランドペアパスポートでは・・・。

それに、いるのですよ。結構ね~、ご近所の方とか、同級生とか・・・、「えっ? たまみやんさんもこういう行列に並ぶんですね~」なんて声をかけられて、「いやあ、カミさんに頼まれましてねえ、ハハハ」 だから行列って嫌なんだ・・・。一時間待ちで行列に並んで、運良く手にすることができるのが、やはり長蛇の行列を覚悟せざるを得ないディズニーランドのパスポートとは、トホホのホである。

とにかく、5人しか当たらない2等賞をゲットしたのである。とりあえず、26回ガラポンを回して、2等賞(商品券)1、6等賞(調理用酒)1、7等賞(お菓子)3であった。
確率としてはまあまあでした。

この調子で来年こそはロト6で一億円ゲットするぜ~!

では、皆様、よいお年を・・・

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餅つきの日に

今日は餅つきをした。
例年ならば、弟家族が手伝いに来ることになっているのだが、今年は自分の家族だけである。弟と義妹の役割分担に、息子二人が入って、最初はぎこちなかったものの、なんとか無事に終わり、鏡餅もお供えし、注連飾りも飾り終え、どうにか新年を迎える準備が整った。

多分、家族総出でなにか作業する、なんてことは最近では、本当に滅多にないことだろう。 僕が幼稚園の頃までは、我が家は父親の両親他弟妹を含めて11人家族だったが、まさに一家総出で上へ下への大騒ぎだった。 餅つきの日は一年で最も賑やかな日だった。 まだ暗い内から杵で餅をつく音で目が覚めたものだ。祖父と父親が交代で朝食をとり、やがて、父のすぐ下の弟夫婦が手伝いにやってくる。親戚の分も含めてつくのだから、大変な分量の作業であった。なにしろ、今と違って、正月はおろか2月の節分くらいまでは、毎日餅を食べた記憶がある。

餅つき中は、なんだかんだと、文句を言い合い、けなしあいしていた家族が、できあがったばかりの餅を頬張っているうちに、団欒の図となる。まるで、一昔前のホームドラマみたいな光景だが、とにかく、一家全員が一度に介して食事するなんて機会も少なくなってきているだけに、来年も、家族揃ってこの日が迎えられるとよいな、と考えてしまった。

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松山千春とサンプラザ中野

BS2の「BSまるごと大全集「日本のフォーク&ロック」を観ての独り言

司会の赤坂泰彦のコメント
「名曲と言われるものは、知らない曲でも、初めて聴いたときに、自然と口ずさんでいますよね~」
けだし名言。

「いつか たどり着いたら 君に打ち明けられるだろう・・」

似て非なるもの 松山千春と サンプラザ中野
今、あまり「中野サンプラザ」って聞かないな~
自分の最後の音楽関係でのバイト先
あのときも某フォーク歌手のクリスマスコンサートだったっけ・・・
そういえば杉並公会堂っていうのも聞かないな・・・
自分の初めての音楽関係でのバイト先

シンガーと一緒に成長していって欲しい?
残念 僕はシンガーと一緒よりも
彼らの歌った歌とともに歩きます

この番組 初めて観た映像が多くてビックリしました・・・

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任命した首相も首相、受けた本間さんも本間さんだったね

「高い 税に対する見識・知識を生かしてもらいたいと任命したのですが、一身上の都合で辞任したいということですので、やむを得ないと判断しました」

安倍首相が本間正明政府税調会長の辞任を受けてのコメントである。

 さすがにNHKだ、と思ったのは、録画では特に安倍首相は区切ったり、間を置いて話したわけではなく、続けて「高い税に対する見識・知識を生かしてもらいたい」と話していたのに、テロップでは、「高い」と「税」の間に一文字分のスペースがあり、この文章冒頭のように表示されていたことだ。 たぶん、編集の段階で、「高い税」が税負担が高いことに対する見識・知識と、誤解されないように、首相の意を汲んで、一文字分のスペースを空けるように、何らかの指示があったのだろう。 多分、明日の大多数の新聞紙面では「税に対する高い見識」というふうに表現が代わる筈である。 そうでないと、紙面を読んだ読者は、「ああ、やっぱり、本間さんは企業減税を推進して、国民負担を増やす、というのが持論の人だから、安倍さんも、そこを狙って任命したのだろう」と受け取られかねない。

 そして、塩崎官房長官は、「一身上の都合なので、首相の任命責任はない」と話したが、たまたま任命した人がプライベートな問題で、世間をお騒がせしただけで、私たちには責任はありません、ということらしい。 しかしである、それは、本間氏が離婚の協議手続き中であったり、愛人と同棲していたり、というだけなら、「うん、うん」と肯ける話だが、法律的には家族にもなっていない女性と、身分上、入れるはずのない官舎で暮らしていたわけで、それを一国の首相から任命されたのだから、何も悪びれることもなく、当然のような顔ができるようなオカシナ考えの人物である、ということも調査せずに、任命してしまったのだから、責任は内閣にある、といっても可笑しくないであろう。 いや、むしろ、そういう人なら、いくら首相の任命と言っても、いずれこういう問題が露見して、安倍首相に迷惑がかかることは十分に予想できるわけだから、はなから辞退すべきであった。

 任命した首相も首相、受けた本間さんも本間さんだったね。

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意地悪ばあさんとムーミン

 青島幸男前東京都知事が本日午前に亡くなった。そして17日には岸田今日子さんも・・・。

 まだ我が家が白黒テレビだった頃、TVドラマ「意地悪ばあさん」で、なぜ、男がばあさん役を演じていたのか? 不思議だったものだ。青島氏は、もう40年以上も前から、マルチタレントだった。 放送作家、映画監督、作詞家、俳優、参議院議員、作家、東京都知事なんとまあ74年間の人生の中で様々な才能を発揮してきたのだろう。都知事時代の青島氏の功績を、都市博覧会の中止だけで、クソミソにいう御仁も多いが、思えば、あれだけ大々的に公約として掲げてきたものを、ストレートに実行するなんてことも今思えば、ものすごいエネルギーだし、むしろ、昨年の小泉前首相と同様に、選挙の争点を明確にして、そのとおりに実行した政治家の先駆け、民意に誠実に報いるお手本ではないか?

 都市博は中止を見たものの、その後の臨海副都心の再開発は民間主体に進められて、現在のお台場など、結局、博覧会の部分をショートカットして、落ち着くべきところに落ち着いたような・・・。 ただ、都民にとって見れば、税金の無駄遣いが防げ、都の財政再建が進んだことがメリットであったろう。惜しむらくは、圧倒的多数を誇る都議会野党との一連の確執がもしかしたら、氏の余命を短くしてしまったのかも知れない。合掌。

 岸田今日子・・・ああ、「妖怪人間ベム」のベラを髣髴とさせる容貌、麗しのタラコ唇。
僕が思うに故太地喜和子さんのように実に存在感のある味わい深い名脇役、その印象的な大きく見開かれた瞳だけで、台詞のいらない、視線だけで演技のできる女優さんであった。テレビドラマでは「傷だらけの天使」で萩原健一のことを「修ちゃん」と呼ぶ綾部探偵事務所の所長役が忘れられないが、この事務所の部下が実の従兄弟で渋い性格俳優の故岸田森であった。

 このドラマが始まったのが、僕が高校一年生だったが、それ以前の岸田さんといえば、もちろん、TVアニメ「ムーミン」のムーミン役の声優だった。これは、僕が小学5年生のとき、つまり我が家に初めてカラーテレビが入った時分に始まったものだが、親からは、「5年生にもなって、女の子の見るようなマンガばかり見て」と呆れられたが、何と言っても、ムーミンパパ役の高木均、ママ役の高村章子、スノーク役の広川太一郎、ノンノン役の武藤礼子、そして何よりもスナフキン役の西本裕行と、まさに適材適声の声優陣であったと思う。

 残念ながら、後になって、原作者のトーべ・ヤンソンさんから「日本のムーミンは怒りんぼうで原作に忠実ではない」とお叱りを受けてしまうことになって、平成になって、「楽しいムーミン一家」がスタートしたが、これはなんか、まったく別の次元のアニメのようで、まったく見る気がしなかった。もちろん、このときは自分は結婚して子どももいたので、なかなか、家でアニメを見る、という行為も難しかった。

 例えば、現在「ドラえもん」や「サザエさん」の声優陣も、交代しているが、なにか違和感を感じることがあるが、ムーミンの場合、声だけの問題ではなく、脚本の段階でキャラクターの性格そのものが変えられてしまっているので残念である。決して、ノンノンがフローレンという名前になってしまった以上の衝撃的な変革が起きてしまっている。ちなみに原作ではノンノンでもフローレンでもなく、単に「スノーク家のお嬢さん」という呼称になっている。

 ともあれ、自分の小学時代の思い出の生き証人が二人も同時にいなくなってしまったような気がして、ものすごく淋しいヨ。

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新国劇から新喜劇へ

また 安倍君がやってくれましたね。
大阪大学教授の本間正明税調会長が、東京の国家公務員官舎に住んで、しかも愛人まで住まわせていた問題で、政府・与党の中からも更迭の意見が出ているのにもかかわらず、
「税調の会長としての職責を全うしていただきたい」
そうである。

これは、政府の税調会長としての職責を全うするためには
「官舎を出ていただきたい」
と首相が判断したと、私は考えていたのだが、どうもそういう意味ではないらしい。
塩崎官房長官の「問題ない発言」にも恐れ入ったが、
やはり安倍さんには現在の大多数の国民の視点が理解されていない、
極端なことをいえば、北朝鮮の拉致被害者だけが国民ではない、
ということが解っていないのではないか?ともいえる。
これで、内閣支持率はまた2~3%程度は下がるのではないか?

もちろん、現在の配偶者と離婚の手続き中であること、
政府税調の会長として、東京で仕事があるのだから、何らかの配慮は必要だが
だからといって、民間なら家賃50万円はするという物件に7万円で
愛人を囲っている、というのは、
企業の優遇税制を優先して、史上空前の好景気の恩恵を受けずに税負担ばかりが増していく大多数の国民が支持をするとは思えない。誰が考えてもわかりそうなものだ。

こうしてみると、永田町劇場の出し物が新国劇ばりの小泉劇場から安倍・塩崎・中川の三馬鹿トリオの吉本新喜劇に転換したのがよくわかるというものだ。そして、残念ながら、この新喜劇は、まったく観客には受けない。 新喜劇というよりも深悲劇、あるいは深刻劇の様相をきたしている。来年の参議院選挙までもつのだろうか? 上演打ち切りは意外と早いかもしれないね。

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首都圏限定販売「もちもちの木」

職場で朝一番の悩みの種といえば、昼食をどうするか?である。
去年までは、高校生の長男が弁当だったので、ついでに同じものを食べていたのだが、現在は、出前を頼むか、朝、出掛けにコンビニで弁当を買ってくるか、なのであるが、土曜日曜は、いつも頼んでいる仕出弁当屋さんがお休みなので、選択肢が狭まり、出前なら中華か蕎麦屋さんになる。
 ここのことろ、中華の出前が続いていたし、暖冬のせいか、今日も朝から暖房もいれないほど暖かかったこともあり、冷たい蕎麦でも食べようと、出前を頼んだ。
 ところが、いつもなら11時45分には配達されるはずの大盛蕎麦が12時をまわってもやって来ない。
 電話をすると、どうやら忘れられてしまったらしい。新しく土日だけのアルバイトを雇ったとかで、十分に教育ができていないのだろう。

 しかたなく、急遽、ジャンケンで買出し当番を決めて、セブンイレブンで、おにぎりと首都圏限定のカップめん「もちもちの木」を買ってきて貰った。 「もちもちの木」本店はJR宇都宮線の白岡駅前通りが県道にぶつかった交差点の角地にあり、以前何度か食べに行ったことがある。 やたらと鰹節や煮干などの複数の魚介類系の出汁が効いているラーメンで、現在ではあちこちにに支店が出ているらしい。確か「埼玉県内のラーメン店、東の横綱」という雑誌の記事をみて、出かけてみたら、案の定、平日の午前11時の開店前から行列であったが、食べてみると、自分としてはわざわざ行列まで作って食べたくなるような味ではない、だからといって、まったく嫌いな味ではないし、結構、スープには病みつきになるような魅力を感じている。 近くを通って、行列が出ていないときだけ入るようにしている。  

 そのカップ麺が発売(298円)されたとあっては、やはり食べてみたいのが人情である。なにしろ、食べに行けばガソリン代と700円(中華そばの中盛り)がかかるのである。

Img_2619_1  カップヌードルと違って、最近のカップ麺も、いろいろと説明を読まなければ、期待通りの味にはならない。 やはり、特筆すべきは、スープの出汁である。 沸騰したてのお湯でなかったせいか、店で食べるほどの熱々感が感じられなかったし、やはり麺はカップ麺という感じでいただけない。 鰹節が一番印象的だが、複数の魚介類の出汁が実に玄妙極まりない味を出している。 まさにお店で食べるときの味が再現されている。 もちろん、僕の知り合いで「この味は、全然だめだわ~」とほとんど口をつけなかったものもいるくらい、かなりクセのあるスープである。 裏返せば、病み付きになる人もいる味である。

 具材は、小振りのチャーシュー、メンマ、ネギ、といたってシンプル。 ネギも店ではもっと大きく長めにスライスしてあるし、スープの表面を覆う油の膜も少な目で、見た目にはまったく別のラーメンという感じ。 店の小盛りが600円なので、その半分として298円と言う値段が妥当なものかどうか。 スープだけ小売してくれれば120から130円くらいなら買うかもしれない。

 などと、左手でツナマヨのお握りを頬張りながら、スープをすすっているところに、
「ちわ~! 遅くなりまして申し訳ございませ~ん。」
と、大盛蕎麦が届いた。 時刻は12時41分である。 新しい店員さんで道を間違えたらしい。 ということは、先ほどの「忘れてました」というのは何だったんだ~?

 確かに不慣れな店員さんだったのだろう。 蕎麦屋の常套句「今、出たところです」を使い忘れたのだから・・・。 文句を言ったら、「じゃあ、お代は結構です。」だと言って、そのまま置いていったので、モノは試しである。 もちもちの木の特製スープに、二八蕎麦をつけて食べてみた。 

 これは絶対に誰も病み付きにはならないだろう。

 

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漆原朝子ヴァイオリンリサイタルを聴いて

 鴻巣市のお隣、北本市文化センターで行われた「身近に良い音楽をきく会発足11周年記念2006ワンダフルコンサート 漆原朝子ヴァイオリンリサイタル」を聴いた。 なぜ、11周年記念なのか?(昨年は10周年だったのかしらん)というのはともかく、北本市を中心に活動しているこの市民団体は、年会費1万円也を納めると、国内の一流アーティストの演奏会を年3回(3,000円の自由席チケット各2枚で合計18,000円分)楽しめるという、かなりお得なサービスを売り物にしている。

 今夜のコンサートは、5月の花房晴美(ピアノ)のレクチャーコンサート、9月の工藤重典フルートリサイタルに続く、今年の最終演奏会であった。このブログでは紹介していなかったが、前の2回とも演奏者がマイクを片手に曲目の解説をしたり、かなりフレンドリーな雰囲気を漂わす内容であった。演奏はもちろん素晴らしかった。

そして今晩のプログラムだが、
①モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378
②ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第9番「クロイツェル」
15分の休憩を挟んで・・・
③フランク/ヴァイオリン・ソナタ イ長調
④サン=サーンス/序奏とロンド・カプリツィオーソ
と、いずれ劣らぬヴァイオリンの名曲のオン・パレードという選曲であった。

会場に入って、一番びっくりしたのは、開園11分前だ、というのにピアノの調律をしていたこと。調律は開演ぎりぎりまで続いていたので、あるいはリハーサルのときに、不具合でもあったのかもしれないが、無事に始まるのか、また、演奏途中でヴァイオリンのように弦が切れたり、ピアノが分解してしまうのか? 果ては、ピアノを叩いた瞬間に、ピアノがステージを突き破って、地球の中心まで達してしまうのでは? 新興宗教小度胸(教・・こどきょう)信者の心配性と誇大妄想癖は留まるところを知らない。

 定刻に無事演奏会は始まった。漆原さんは純白のドレス、伴奏の鷲宮美幸さんは桃色(あえてピンクとはいわない)のドレス、そしてフメクリスト(譜めくり)の女性は上下とも黒といういでたちだった、のが視覚的に妙に印象的であった。

 最初のモーツァルトの34番のソナタには、ビックリした。と、いうか度肝を抜かれた。「あれ、こんな曲だったっけ?」とプログラムを見直したくらいである。音楽そのものではなくて音(響き)が重く暗い、この音楽は、少なくとも自分の頭の中では、もっと明るく(といっても有頂天に底抜けに明るい、ということではない)優雅に響いていたはずなのに、のっけから何か重い十字架を背負いながら、苦痛に満ちた感じでヴァイオリンを弾いているような印象だ。もしかすると、先ほどまでのピアノの調律と関係あるのかしらん?と勘ぐってしまう。第一楽章のアレグロ・モデラートから、文字通りのスピード感は感じられるのに、音符の一音一音が重く陰影をこめて響いている。そして、それは最終楽章アレグロのフィナーレまで、その影の濃淡を変えることはあっても、はっきりと残像を引きずったままだった。だからといって、ピアノと呼吸が合わない、とかいうのではない。僕は、とまどいを覚えながら、胸がドキドキとするのを感じながら、漆原さんのボウイングをずっと凝視し続けた。長調のモーツァルトを、こんな表情をして演奏する光景を見るのは初めてだった。確かに、この曲はモーツァルトが、ザルツブルクの大司教によってウィーンから呼び戻されて、いわば、かなり失意というか挫折感の中で作曲されたものであるから、あるいは、そんな心境を楽譜の中に見出した演奏であったかもしれない。
 多分、モーツァルトを聴きに来る聴衆の大半が望んでいるような演奏ではなかったかも知れないが、かなり自分にとってはショッキングな演奏だった。そう、まるでブラームスの作品のような感じだった。

 半面、2曲目のクロイツェルソナタは、なにかホッとする、座り心地のいい演奏だった。もう少し、音の強弱というか、メリハリのあるほうが僕は好きなのだが、実は、昨晩、寝るのが遅くて、第二楽章の途中でつい、居眠りを・・・。まあ、安心して居眠りができるくらい、いい演奏だった、ということでご勘弁下さい。感想終わり。

 15分間の休憩になって、またしてもピアノの調律が始まった。もしかして、鷲宮さんお抱えの調律師? または内田光子さんみたいに曲の調性に合わせて、調律のし直ししてるのかしらん? なにか気になって、結局、トイレに行くこともせず、そのまま興味津々、調律を見守ってしまったけれども、今回は特別、チューニングハンマーを使わず、音の確認だけだったようだ。

 3曲目は、僕の大好きなフランクのヴァイオリン・ソナタである。(フランク自身が好きなのではなく、曲が好きなのである。フランクソーセージも実は好きではない。)
 フランクは、ドイツ生まれのベルギー人の作曲家で、活躍したのはフランスのパリというかなり複雑な経歴をもっている。 かつては、大学時代に発売されたグリュミオー盤がずっとずっと一番いい、と思っていたのだが、以前、若かりし頃の前橋汀子さんのリサイタルで聴いたフランクでのゾクゾク身震いのするようなポルタメントを経験してから、というもの、最近では女性ヴァイオリニストの演奏だと、ことのほかイイ! 「フランクは女性ヴァイオリニストに限る」ということになってしまった。 この曲だけは男性ヴァイオリニストには弾いて欲しくないなあ、などと勝手に思い込んでいる。 

 奇しくも昨年の同じ北本市文化センターでの、前橋汀子さんのリサイタルでのこれまで以上にネットリと絡みつくようなフランクの演奏との再会で、その思いは強くなった。 恥ずかしながら聴いている46歳の自分に対して「坊や、ちょっと私の音楽の世界に入って来ない?」みたいな感じで、まるでヴァイオリンの弦を弓で擦る度に、目に見えない蜘蛛の糸が四方八方に吐き出されて、聴いている人の魂を手繰り寄せるようなものであった。
 今晩の漆原朝子さんのフランクは、それよりも、ちょっと冷徹、醒めた感じ(そういう意味でフランク?)が色濃く、人を惹きつける芳香を撒き散らしながらも、ある一定の距離のところには結界があって近づけない、しっとりとポルタメントを奏でるたびに「おいで、おいで」をするのに、近づこうとしても、距離は縮まらず、その度に遠ざかって、またそこから、こちらを向いてニッコリと微笑み、手招きをする、みたいな感じである。正当な音楽の聴き方ではないかもしれないが、そこがとてもいい! 本来、この音楽はこういった演奏が作曲家が求めていたものなのではないか?という気さえする。 先ほども述べたように、フランスとベルギーとドイツのごちゃまぜになった人の作品である。 ドイツの骨っぽい構成、造形美の中に、フランスの艶やさ、退廃的・貴族的な香りがたちこめている。 ボディーはベンツ、エンジンはポルシェなんだけど、内装はシトロエンやプジョーみたいなものですかね。
 いやはや、充分に堪能させていただきました。 今、考えると、どうも最初のモーツァルトも、順番は逆になるが、このフランクの影響というか、リハーサルのときの残像~イメージが漆原さんに残っていたのではないか?みたいな勘繰りが出てきてしまった。もちろん、プロとしてそんなことはないだろうが。

 最後のサン=サーンスは、もう、ここまでくれば、といった感じで、どっぷりと演奏に身を委ねる事が出来た。今日のプログラムはすべてが名曲、すなわち有名な曲ばかりなので、逆に失敗するとすぐに目立ってしまうわけであるから、演奏するほうも気が抜けなかったのではないか、と思うが、少し一本調子のような感じで、他の弦の音が聞こえる回数が多かったかな、と感じるが、音楽の流れ自体には影響なく、コンサートの最後を飾る立派な演奏だった、と思う。

 アンコールはエルガーの「愛の挨拶」であった。

 ヴァイオリン・ソナタが並んだプログラムだが、本来はヴァイオリンとピアノのためのソナタである。当然、ピアノの鷲宮美幸さんのピアノは、伴奏ではなくて、ヴァイオリンとのパートナー、コラボレーターとしての役割を充分に果たしていた、と思う。

来年のワンダフル・コンサート2007は
6月28日(木) 小川典子(ピアノ)
9月14日(金) 戸田弥生(ヴァイオリン)
11月6日(火) 天羽明恵(ソプラノ)
いずれも会場は北本市文化センター 開演18:30だそうです。

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明治維新を長州藩に任せたのは失敗だったね。

 本当は、もっと楽しい話題を提供したいのだが・・・。松坂のレッドソックス入団なんてマスコミも浮かれている場合じゃないだろうに・・・。まったく。

 教育基本法の改正案が今日、参議院の特別委員会で強行採決された。

 安倍内閣の内閣の最重要法案だそうだ。でも、郵政民営化関連法案ほどの関心もないのはどういうわけだ。 昨日、首相も官房長官も責任を認めて、減給処分となった。内閣総理大臣が減給処分を受けたのは日本の内閣史上初めてだそうだ。 そこまでいく前に、辞任するのが普通だろう。 日本のトップなのだ。 こんな責任の取り方(金ですべてを済まそう)がまかり通ったら、それこそ、昨日の三菱ふそうトラックの首脳が、無罪判決を受けたとおり、誰も日本が法治国家だなどという理想と夢を失うことになるだろう。

「三菱自動車は、まったく別の会社なのでコメントすべき言葉がありません」

 つまり、タウンミーティングは小泉内閣(小泉内閣株式会社)のもとでのことなので、安倍内閣株式会社では、どうにもコメントできませんが、現在の部下が在籍していた関係で、一応責任はとらせていただきますが、私とはまったく関係はありません」だって・・・

 言いたいことは山ほどある。 本来ならば来年の参議院選挙を待つまでもなく、即刻衆議院を解散して国民の信を問うべき問題ではないか? 国民が昨年の解散総選挙で、自民党に投票したのは、小泉さんが総裁で、この人ならば本当に自民党をぶち壊してくれるかもしれない、と思ったからだ。 旧来の自民党に必死で戻そうと齷齪している安倍内閣には完全にそっぽをムクだろう。 

 自分の責任を認めたけれども、自分の内閣が提出した法案は通すだって?

やっぱり明治維新を長州藩に任せたのは失敗だったね。 

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大宮公園の紅葉

 大宮に出かけた。合併してさいたま市になってはいるものの、どうしても「さいたまに出かけた」とは言い難い。なにしろ、ここは埼玉県である。新市の名前が「さいたま市」に決まりそうな頃から、自分としては ?????  いったいこういうネーミングを考え付く人はどういう頭の構造をしているんだろう、と思ったものだ。 
 選考過程の案の中に「大埼玉市(だいさいたまし)」というのもあったが、「ダサイタマ」を助長するするやもしれぬ、ということでお蔵入りになったらしい。浦和と大宮、与野の合併であるから、田間宮のように「浦野宮市」というのもいいのではないか、たまみやん自身としては考えたのだが、これも「裏飲み屋」のように聞こえてしまう。

 で、本題に戻そう。
 大宮行きの目的はというと、遅まきながら来年用の手帳(能率手帳のエクセル1)とシステム手帳(Bindex)のリフィルを買うこと。なにも大宮くんだりまで出かけなくて、インターネットでも購入可能なのだが、Loftだと、この前壊れてしまったギターのエンドピンと弦をついでに購入することができる。実際、Loftの中にいたのは20分くらいであろうか。

Img_0079 天気もよかったので帰りに大宮公園の駐車場に車をとめて、氷川神社を散策してみた。
 今更言うまでもないが暖冬。あちこちで野菜が大豊作で値崩れを防ぐために出荷調整が始まっている。大宮公園でも12月だと言うのに紅(黄)葉がまだまだ楽しめた。それに、七五三の家族連れも何組がお参りしていた。来週の日曜日は大湯祭(氷川神社の十日市)である。参道では屋台の準備が早くも始まっていた。新年近し、である。Img_0082

  大宮公園に新年といえば、サッカー場が全国高校サッカー選手権の会場として使われているのだが、なにやら工事中であったので、今回は大宮では試合がないようである。
 そういえば、先日、寄居のほうで、木上に立て籠もって保護された小熊が大宮公園の小動物園に送られてきた、とか言っていたので、立ち寄ってみると、見事に月曜休園であった。残念。Img_0084

 帰ってから、手帳に自分の名前や住所を書き入れ、システム手帳に新年用の真新しいリフィルを差し込む。一応、これで気分的には新年を迎える準備は整った(のかな・・・)。
ところが、どっこいギターのエンドピンの太さがホールに合わない(スカスカ)ことが判明した。確かに、ギターを5月に買い換えたのに、ピンは今までと同じサイズのものを買ってしまったのだ。 大失敗! う、う~ん、これでは新年を迎えられそうにない。

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どないしまひょ!?

職場の事務室で一日じっとしているには、もったいないほどいい天気だった。
12月ともなるとクリスマスの飾り付けが町のあちこちで見られるようになるが、昔と違って、「ジングルベル」のメロディーがあまり目立たないような・・・。夜ともなると、実にさまざまなイルミネーションを自宅に輝かせている家があるけれども、住人の顔はまったく見えないけれども「ねえねえ、見てってよ。うちはこんなふうに家庭円満、シアワセ一杯なのよ~!」みたいにひけらかされているようで、東京電力の社員でもない私としては見入ると言うより、まったくご苦労様なこった。と足早に通り過ぎたい気分である。

 さて、今日、仕事から帰って、夕食をとりながらテレビをつけると、BS2で谷村新司の東大寺コンサートの模様をやっていました。そういえば、先日の紅白の出場者の中に、チンペイの名前が見当たらなかったなあ、と思ったものの、歌手を引退して、中国で大学の先生をしているのだからかなあ・・・、くらいに考えいたのだが、こうしてNHKで特番を組んでくれるくらいだから、リストには載っていたのだろうなあ、多分、某週刊誌に掲載されていたように、先の園遊会の席か何ぞで、天皇陛下にあのけしからん中国への訪問をお勧めになるとは何様のつもりだ、みたいな記事が、影響して落選してしまったのかもしれないなあ、という気がしています。

 さて、今日は特に書くこともないので、(そういう割には枕が長すぎるけれども)、久しぶりに街角で見かけた写真ネタなどをご披露しましょう。

 お題は「どないせえへんちゅうんじゃい!」

Img_0067_1 ここは、先日出かけた千葉県野田市の、あるファミリーレストランのトイレでの光景です。洗面所の壁にはこう書かれています。

手の洗い方
①石けんをつけてよく洗います。
②きれいに洗い流します。
③乾燥機でていねいに乾かします。
④最後にアルコールを手に吹きつけ、全体にこすりつけるようにして消毒します。

ところが、です。なんとこのトイレにはどこを探しても乾燥機と消毒用アルコールが入っている筈のポンプみたいな容器がどこにもないのです。いったい全体、どうせい、っていうんですかね。Img_0068

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おめでとう レッズ!

 浦和レッドダイヤモンズがJ1で初優勝を飾った。 先日は母校中大ラグビー部が久しぶりに入替戦なしで一部残留を決めてくれたし、今週はいいことずくめである!
 今頃は旧浦和市内は大阪のように繁華街の中心部を道頓堀のような河川が流れていないため、ダイビングみたいなことはできないだろうが、おそらく大変なことになっていることだろう。 
 今となっては「サッカーのまち浦和」「サッカー御三家(静岡・広島・埼玉)」「埼玉を制す者は全国を制す」などと言われていた時代が懐かしい。高校サッカーで最後に埼玉代表(武南高校)が優勝したのは1981年、自分が大学4年、就職が決まってのんびりとコタツで正月を過ごしていたときのことだ。あれから25年か・・・。

 自分とサッカーの出会いは、実はレッズの前身である三菱重工サッカー部であった。小学3年生の頃、今、川口市にいる叔母が丸の内の三菱重工でOLをしていて、同じ課にサッカー部員(確か後に日本代表になった落合選手や大仁(だいに)選手だった、と記憶している)がいた関係で、よく国立競技場(霞ヶ丘や西が丘)の日本リーグの応援に連れて行ってもらったのだ。 もっとも、その頃は、サッカーよりも、都内のレストランで食べさせてもらえる、ナポリタンやグラタンのほうが楽しみであったが、結構、赤と白の三菱マークの入った小旗を振って熱く応援していたのではないか、と思う。 

 日本リーグでは東洋工業(現サンフレッチェ)、ヤンマーディーゼル(現セレッソ)が熱い戦いを繰り広げていた頃であった。 三菱重工は、前述の二人の他に杉山、森、横山など、日本代表クラスを揃えており、現在同様、人気はものすごくあったものの、決して強いチームとはいえなかった。東洋工業はいつも優勝していて、なにか別格という感じで、むしろ、三菱VSヤンマーの2番手争いのほうが、杉山VS釜本という日本を代表する両エース同士の戦いも興味深く、お客もたくさん入って早慶戦のような雰囲気であった。
 下位は決まって日本鋼管、八幡製鉄、古河電工(現ジェフ)、名相銀(名古屋相互銀行)なんてチームに決まっていたから、まあ、優勝はできなくても上位安泰、2部に降格の心配はまったくない、という、いかにも、全体的にはのんびりしたムードだった。
 思えば、これが日本リーグ、というよりも日本のサッカー全体の実力も魅力も奪っていった一因だったと思う。 どんどん、外国との差が広がっていったのではないだろうか。 

 とはいえ、当時、東京12チャンネルで日曜日の朝やっていた「三菱ダイヤモンドサッカー」(金子勝彦アナの名調子と岡野俊一郎さんの理論的な解説はよかった)で、イングランドやドイツのプロサッカーの模様をかかさず見ていたものの、将来の王・長島を夢見ていた鼻垂れ野球小僧にとって、日本と違って、どうして外国では、たかが、サッカーごときにスタンド一杯に観客が詰め掛けているのか、そしてあんなにゴールの度に大騒ぎするのか、理解できなかった。(さすが、ナポリタンとグラタン目当ての似非サッカー小僧だけあるでしょう・・・)

 ともかく、当初はJリーグの加盟にも、最後までフランチャイズが決まらなかったり、リーグが始まれば始まったで、お荷物とまで呼ばれ、「浦和は下位の常連か」なる替え歌まで巷で流行するほどのテイタラクの、あのレッズが、ようやっと、というか悲願のVを成し遂げたのである。 なにか、所沢にやってきた当時の万年最下位であったライオンズの印象と妙にかぶるものがある。 もちろん、サポーターは今も昔も変わらない、当時から日本一の熱いサポーターであったが。

 個人的には、福田が現役のときに優勝できていたらなあ、との思いは強いのだが、ブッフバルト監督での初優勝と言うの含めて、三菱重工サッカー部以来、40年近いファンとして、なにか感慨深いものがある。 惜しむらくは、かつてサッカー王国と言われた埼玉の浦和に本拠を置くレッズに、埼玉出身の選手が少数派だということだろう。むしろ、静岡出身の選手のほうが多いのは残念である。この人気があるうちに、せめて埼玉(それも浦和)出身のプレイヤーが半分くらいを占めるようにならないといけないんじゃないだろうか。

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