« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

PC 復活の日

1月13日に突然 インターネットに接続できなくなった。
メルコの無線LANアダプタのアクセスランプが点灯しなくなったのでそのせいかと思っていたが、新しいアダプタをつけても症状は改善せず、ドライバを再インストールしたり、果てはNTTの光接続端子まで疑って、あれこれやってみたが、全然ダメ!
子供の使っているノートパソコン(東芝製)は接続できるのに、自分のDELLはデスクトップもノートもダメなので、これはDELL特有の症状かと思った。
ところが、無線LAN自体は、メルコのエアステーションとの接続はできているらしく、54MBで接続中で正常という表示が出ている、pingも通っている。なにやら迷路に迷い込んだようなまま2週間が過ぎ、DELLにもNTTにもヘルプを求めたが、ラチがあかない。
この3週間の間に、職場の人のパソコントラブルでインターネットにつながらない、ウイルスにやられてしまった、などのサポートでかのお宅にお邪魔して、解決すること3件。
「お金はいりません。けど、缶ビール350ml2缶で手を打ちましょう」
なんて言っていたのも、帰ってから自分のパソコンを何とかしないと、気分よく酔っぱらっていられない、というのもあったから。
さすがに自分も参った。やはり、ここのところ、マイクロソフトの悪口ばかり言っていたから罰があたってしまったのかとも思ったものの。
何のことはない。これでダメならVistaのPCでも買うか?と思ってXPの再インストールをしてみたら、いとも簡単に2台とも復活。何事もなかったように動いてしまった。
Windowsのシステムの復元をこまめにポイント設定していて、かなり以前まで戻してみたのに、全然だめだったのだが・・・。
こういうところを見ても、以前の98やMeのときにあった、システムファイルのエラーチェック機能の方が簡単で便利だった。どのファイルがおかしくなっていたのがすぐ解ったし・・・。
ちなみに、現在、自宅の自分のPC、OSはWindowsだが、他のアプリケーションは別のベンダー製品、ワープロは一太郎、ATOK。他のソフトはすべてフリーソフトで、マイクロソフトのお馬鹿ソフトやお節介だけの意味なしソフトのたぐいは使っていない。
そして、いまだに我が家では、親元を勘当されたWindows98のPCが2台、まったく問題なくサクサク動いてくれている。
これでも、職場のOffice製品との互換性は、ほとんど問題ない。さすがに、表計算はEXCELが今でもダントツだと思っているけれどもね。でも、バージョンアップのたびに、段々使いにくくなってきているのは問題だな。もちろん、年のせいで、新しいものに対応できなくなってきているせいもあるだろうけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

甘いオムレツ~未熟の晩鐘

 昨夜の夕食後、テレビのスイッチを入れたら、アラーキー(荒木 経惟)が歌を歌っていた、と思ったら、よくよく見ると小椋佳だった。(小椋佳ファンの皆さん、ゴメンなさい。アラーキーの信望者のかたもゴメンなさい。) ビックリするくらい良く似ているのは、年齢は違うが二人とも都立上野高校の卒業生だからに違いない(笑)。 アラーキーのほうが小椋佳より3年先輩だったから、アラーキー卒業の年に小椋佳が入学という間柄である。アラーキーは千葉大学工学部、小椋佳は東京大学法学部だから、都立高校全盛期の頃である。
 番組は「小椋佳コンサートツアー~未熟の晩鐘~(BS-2)」のNHKホールからの模様を同日中継録画のようだった。 小椋佳が初めて一般大衆の前にご尊顔をあらわして、コンサートを行ったのは1976年10月のNHKホールだったから、やはり、あれから30年が経過したことになる。僕はまだ高校生だった。布施明の歌った「シクラメンのかほり」が前年度のレコード大賞などの音楽賞を総なめにし、曲を提供したのが、東大卒のエリート銀行マンが本職のシンガーソングライター、そしてほとんどマスコミにも姿かたちを現さない人だっただけに、俄然、注目を浴びたものだった。
 当時は、「シクラメンの花には香りはありません」というショッキングな事実(笑)に、無いものに、有るものの幻影を追いかけるような意味の詩なのだから、これでいいのだ!という意見があったが、さすがに30年も経つと、香りのあるシクラメンも栽培されているらしい。後で知ったのだが、元もとシクラメンの原種には強い香りがあったのだが、栽培に適するように交配を重ねるうちに香りがなくなってしまったらしい。

 僕は中学2年生のときに、FM東京(現TOKYO-FM)のマクセルユアポップス(月~金 午後10時(?))のDJをやっていた小椋佳のソフトな語り口が好きで、欠かさず聴いていたのだが、小椋氏は結構自分の番組の中で自分の曲(初期のアルバム「帰っちゃおうかな」「ほんの二つで死んでゆく」)の収録曲を紹介することが多くて、「なんだいユアポップスじゃなくてマイポップスだな」と思っていたのを覚えている。そして、小椋佳氏が東大法学部卒の第一勧業銀行の銀行員・神田紘爾氏であること、と氏がマイクロフォンを前にズレタ黒縁メガネを右手で持ち上げながら話しかけている写真を「深夜放送ファン別冊(自由国民社)」のDJ紳士録みたいな特集で見て、知っていたので、NHKの画面に映し出された氏の風貌を見て、別段驚かなかったのだが、翌日、高校のクラスといい、通学電車の中といい、小椋佳の正体見たり、の話題で持ちきりであった。 あれくらい、歌い手の顔が世間一般でもマスコミでも話題になったのはちょっと記憶にない。
 「歌手なんだから顔なんて関係ありません」「全然、私にとっては顔も合格です」
コンサートの後、会場を出る女性にインタビューした映像も、なにやら凄いも んだった。20070108_01_1
  デビュー当時の小椋佳のLPレコード(懐かしい響きだ)「雨」のジャケット写真には、東映の二枚目俳優であった岡田祐介氏を起用していたため、岡田氏のイケメンを小椋佳氏の面子と勘違いして、ファンになったという女性が圧倒的に多かったのも事実である。 
 アリスがデビューアルバムから解散まで、頑なにアルバムジャケットにメンバーの顔写真を出さなかったのとはエライ違いであった。 なにしろ、当時は「不思議な顔のアリス」と揶揄されたくらいである。なのに、シングルレコードのジャケットには惜しげもなく、メンバーの不思議な顔が溢れているのは何故なんだろう?

 あと、とても印象に残っているのが、神田紘爾氏が、NHKホールでのコンサートに出かける前に、「では、これから行ってまいりますので」と上司に、有給休暇の決裁を受けて、サングラスをかけて小椋佳に豹変するところは、クラーク・ケントが電話ボックスの中で着替えて、スーパーマンに変身するのと同じくらい、カッコよかったな~。

 ともあれ、小椋佳のアルバムは、言葉を旋律にのせて語りかけるかのような~伴奏付の詩集を読んでいるかのように、当時の僕の琴線に響いたものだった。 そして還暦を越えて、齢を重ねた氏の歌による語りかけは、昨日の僕の心をつかんで離さなかった。
 特に「甘いオムレツ」は泣かせたね~。 無性に涙が出てきてとまらなかった。

    子供らが 喜ぶという 理由だけで
    料理には やたら砂糖を 注ぎ込んでた
    甘いカレー 甘いオムレツ

 こう文章に書いてみただけでは、取り立てて何という感慨も沸かない文字の羅列なのだが、この詩にあるように20代で母親を無くしている自分には、この何でもない言葉の一文字一文字がとても重く心に響く。 
 ああ、そうなんだ、きっと俺のお袋も、子ども達のために自分の味覚を犠牲にして、子どもの笑顔を見たくて、必死にカレーや玉子焼きを作っていたのに違いない。
 アルコールが入っていたせいもあるかもしれないが、そう思った瞬間に涙が溢れて止まらなくなってしまった。 後は、どんな歌が歌われたのかも判然としないまま、番組は終わっていた。

 明日で、母親が逝った年齢と同じになる。 自分は、子どもたちに、これまで、そんな気持ちで「甘いオムレツ」を作ってきただろうか? 番組を見始めたときには、なかなか洒落たコンサートツアーのネーミングだ、と浅薄な考えしかなかったが、まさに自分自身に当てはめてみても「未熟の晩鐘」である。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

内平らかに外成る?18年間

 世の中が「平成」という元号になって18年を経過したことになる。
 Xデーがいつなのか? 何ヶ月も全国民が、「体温○○度、血圧は上が○○、下が○○、下血は○○cc」という宮内庁の発表を、まるで毎日気象概況を聞くかのように、ジリジリしながら年を越して、蓋を開けてみたら、意外とアッサリとその日、その時はやってきた、土曜日の朝。

 テレビで今上天皇崩御のニュースを見ながら、遅めの朝食をかき込み、「あ~あ、折角の休みなのに~、でも平日よりいいか~」と思いつつ、急いで職場へ向かったのを覚えている。
 もちろん、月曜日の業務から、社の内外で使用する書類やオンライン画面の元号の部分を、これから決まる新元号に変更するバッチプログラムを流すためである。印刷したばかりの書類などはゴム印を急いで発注しても、とても月曜日には間に合わないので、土曜日の午後から日曜日一杯をかけて、「昭和」を二重線で消して、新元号に訂正することが決まっていて、ほぼ、全部の部署で休日出勤となる手筈になっていたから、まるで平日のオフィスのようになっていた。すでに、2ヶ月前からXデーを想定して準備をし、仮想元号を用いて、テストも2度ほど行っており、時間的には問題はなかった。 
 しかし、唯一の懸案事項は、
「たまみやんさん、本当に新しい元号って、2文字ですよね。間違いないっすよね~?」
ということだった、もし「天平勝宝」みたいな4文字できたら、書類とかオンライン画面のレイアウトは文字通り「レ、レ!アウト」なのだ。漢字2文字と言うのは、法律的には規定されておらず、選定に当たっての申し合わせ事項に過ぎないのであった。

20070107_01

 しかも、小渕官房長官(故人・当時・元首相)がブラウン管の向こうで「平成」と筆で書かれた額を掲げるまで、いったい新しい元号が何になるのか、知らされていなかったので、別の意味で新元号が示されるX時間がいつになるのか?が一番の重大な関心事だった。 それよりも、まさかそれまで、まったく自分にとっては無名の人だった、この小渕さんが、後に総理大臣までなるとは、誰がそのときに予想しえただろうか? でも、あの時の「平成」の額を掲げた映像で、多くの国民が小渕さんの顔を強烈に目に焼き付けたのではないだろうか。

 今日、職場でそんな話になったのだが、

 「そういえば、鴻巣市に『平 成(たいら しげる)』さんて人が住んでいて、一気に時の人になったんですよね~。今、何やってるんでしょうか? たまみやんさん、ご存知ですか?」

 う、う~ん、そういえば、そんなニュースも記憶にあるな~。

 「平成」は 史記にある「内平らかに外成る」からの出典であるというが、残念ながら、この18年間を見てみると、字義通りにはいっていないようで、はなはだ残念ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冷たい雨の中の初詣~オミクジは吉平

 朝から冷たい雨が降りしきる中、大宮・氷川神社に初詣に出かけた。
昨年は、家族揃ってだったが、長男はアルバイト、 二男は親戚の子どもたちと映画に出かけたため、今年は一人きり。 何もそういう状況で、こんな雨の中、出かけなくてもよさそうなものなのだが、明日は仕事だし、明後日は休みなのだが、成人式の日に外に出ると、この国の将来がとても不安になってしまうような光景をたくさん見かけてしまうものだから、外出したくない。まあ、雨の中の初詣というのも初めて(?)の経験だし、と思い切って出かけてみたものの、やはり、対向車線を走ってくる大型車の水飛沫をフロントガラスで受けたり、道路の水溜りに入り込み、ハンドルをとられたりするうちに、段々後悔してきたのも事実。
 しかし、旧大宮市内(前にも書いたが、「さいたま市」には、未だに馴染めない)に入り、氷川神社に近づくにつれて、いつものように渋滞が始まり、「この雨の中、まったくにわか信心深い人間が多いものだ」と自分のことを棚に上げて、ブツブツつぶやいているうちに、渋滞の原因がわかった。
「大宮競輪場で立川開設記念(GIII)場外開催中」  ナルホド~!

 ということで、昔よくテニスをしに来た大宮第二公園の駐車場に車を止め、どしゃぶりの雨の中(昔、和田アキ子が歌ってたっけ)、氷川神社まで歩いていく、競輪場は場外開催だけに静かなもの。 普段なら、たこ焼きやフランクソーセージの屋台の香ばしい匂いが立ち込める野球場とサッカー場の間の細い通路前の広場も、雨のせいなのか、開いている店もなく、ただサッカー場の改修工事の重機の音が響き、交通整理役の警備会社の面々が寒そうに立ち振る舞っていた。

 神社の境内も、例年ならば、6日でもかなり人がいる筈なのだが、視界の中には、いつもの土日程度の人(2~30人位)、だったろうか。 お札やお守りを販売している巫女さんたちも、寒そうにしていた。 例年通り、家内安全の御札と破魔矢を購入。「○○円お納めください。雨の中、御勤めご苦労様です」と声をかけていただいた巫女さん、あなた達こそ、寒い中、ご苦労サンです。 

 昨年、「大凶」が出て、正月早々真っ青になった御神籤を引いてみた。「吉平」と出た。あまり聞いたことがない。 御神籤の大吉から大凶までのランクは、一説には20種類とも言われているが、もしかすると「特大吉」とか「チョー大吉」、あるいは「微妙に凶」みたいな分類があるのかも知れない。 まあ「吉」という字が入っているのだから、真ん中くらいなのだろうか。昨年の大凶に比べれば、エライ出世だ(笑)。 「大凶? 気にしない、気にしない」とその場は自分を慰めてみたものの、息子の大学入試が連戦連敗を続けていくにつて、「やっぱり大凶なのか~」とため息をついていたものだが、最終的には第一志望校に合格できた。 うん、だから、今年は、ロト6が一億くらいは当選するかもしれない。金運は書いていないが、「争事勝負事」は「よし、叶う」と書いてある。

「正しき道を踏み、事を成し遂げる兆なれば何事も良しと言えども、二つある時は、一つは良く、一つはよろしからず。」だそうである。 二兎を追ってはならない、ということだろうか。 僕はそんな器用ではない。 「よく注意をし慎みて幸せを求めるべし。このみくじにあう人は住吉神社を信心すべし」とある。 ゲッ!? どこか、この辺に住吉神社ってあるのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一粒で4度美味しかった箱根駅伝~でも味わいたくない

 結局、順天堂大学が一度もトップの座を明け渡すことなく、大手町のゴールまで帰ってきた。往路・復路・総合の三点セットで完全優勝である。お見事!
 昨年末までの大方の予想では「東海大学悲願の初優勝か?」が固いところであったが、各区のエントリー選手が発表された途端に、「順天堂大学の優勝はゆるがない」みたいな論調になっていたのを見てもわかるとおり、あきらかに東海大学の作戦ミスではなかったか?

 佐藤、伊達の両エースを1区、2区で使い、その波に乗って、できるだけ差を広げて、そのまま先行逃げ切りを図ったのだろうが、結局、5区山登りに今井というスーパーエースをもつ順天堂の思い通りの展開になり、大会としては、なんとも盛り上がりに欠けるものになってしまった責任は東海大学さんにあるなあ。
 やっぱり、昨年のように終盤にめまぐるしくトップが入れ替わり、最後まで判らないレース展開のほうが見る方としては面白かった。

 それにしても、昨日、箱根駅伝は「一粒で三度美味しい」などと言ったばかりで恐縮なことだが、まだ、美味しい味を発見した。母校が演じてくれたシード権争いである。昨年に引き続き、よもや、とは思ったが、最後の最後までヒヤヒヤしどおしで、なんとか、昨年度と同じ8位を死守して、シード権を確保。79回連続82回目の出場を決めてくれた。これで、今年1年、頑張って生き抜いて、来年こそは歓喜の正月を迎えよう、という気分になるなあ・・・。 うんうん、ヨカッタ、ヨカッタ! 

 優勝争いから脱落しても、シード権争いという、一大関心事が控えているところが、箱根駅伝の魅力でもある。然しながら、結果としてシード権を確保できたから、あまり味わいたくはない美味しい味を噛みしめることができるのであり、もちろん、できることならば、ここに参加して欲しくはない。

 まあ、昨日の4区小林の大ブレーキを、5区山本が盛り返し、今日は7区 山本(1年)8区 森(2年)、9区 徳地(2年)がいずれも区間一桁台の順位でつないで、最後を4年生の10区 宮本が区間4位でフィニッシュしたのだから、これも伝統の底力ということなのだろうか。 ブレーキの人間の責任を挽回しようと、一致団結して、見えない力が働くこと、これが駅伝の醍醐味だな。 

 来年こそは、上野を中心に若い力を結集し、頼むぜ、12年ぶり15度目の総合優勝! ということで、4年生諸君はお疲れサマでした。

その他の雑感

 今年気づいたのだけれども、日本テレビの箱根駅伝のCMのスポンサーに、大会関係車両を提供しているホンダがあるのはわかるのだけれども、トヨタ、ニッサン、三菱、スズキなどほとんどの自動車メーカーがCMを出していたような気がするのだけれども、日本テレビもお金を貰える所はどこでも、というのは節操がないなあ。 ライバル会社が同じ番組のスポンサーに名を連ねるなんて、アメリカでは考えられないことだな。 
 まあ、大会車両で、選手のバックにいつも映っているのはホンダのFCX、Edix、CIVICHy-Bridだったし、選手を先導している白バイもすべてHONDA製、ということで、見事な挟み撃ちで、ホンダの一株主としては、非常に嬉しいことですが、トヨタさんをはじめ、他メーカーさんも自分とこのCMを流している番組で、いつも映っているのが、HONDAの車とバイクっていうのも、まあ太っ腹ですね~。さすがに世界のトヨタさんです。

 可能であるなら、来年は大手町のスタートのピストルや芦ノ湖の復路スタートの合図をする旗振りを、ASIMOがやって、上空からはホンダジェットで空撮をしてくれると嬉しいのですが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一粒で三度美味しい箱根駅伝

 上野の快走で、もしかしたら、と思わせた箱根駅伝往路であったが、トップ順天堂大学から遅れること7分46秒差の14位と振るわなかった。

 箱根駅伝では10人中大砲が二人いれば、優勝の可能性が高い、逆に二人がブレーキになると絶望的である。

 3区上野が区間賞、5区山本が区間3位と頑張ったものの、1区梁瀬が17位、期待の2区奥田も区間15位、4区小林に至っては最下位ではお話にならない。
せめて、小林が昨年区間4位となったときと同じタイム55分50秒で駆け抜けてくれていれば、5分7秒を挽回し、トップ順天堂から2分39秒差の第3位で、トップと3分以内であれば総合優勝も可能、としていた位置になったわけであるので、残念である。

 中大は、奥田、上野、山本というエース級を使ってしまった、下手をすれば、シード権オチも十分に考えられる厳しい状況に追い込まれてしまったわけで、とりあえず明日は1分11秒前のシード権をかけて10位以内が目標となるが、相当厳しいだろう。

 もちろん、1区梁瀬がもう少しさあ~、2区の奥田だってヨオ~、4区の小林がねえ~、タラレバの話はキリがない、他校だって思いは同じである。

 話は変わるが、以前にもブログにのせたとおり、埼玉県のミニラグビーの交流会では、試合の勝ち負けや得点結果をいっさい記録しない、優勝、準優勝、第3位などの表彰を行わない、という方式を採用している。参加しているラグビースクールの中にも異論はあるみたいだが、これはこれで、小学生たちが点差を気にすることなく、「さあ、これから一本トライを取っていこう!」というリスタート(気持ちの切り替え)をさせる意味でとても重要だと思うのだ。 たとえ、トライ数で圧倒されても、リードされているチームは「さあ、ここから」という気持ちでトライする。 そして一本でもトライが取れれば、優勝したかのように褒めてあげるのだ。 

 箱根駅伝の素晴らしいのは、往路優勝、復路優勝、そして総合優勝という3つの表彰システムがあることである。 往路でこけたチームは復路で頑張ればいいのだ。 そして、その切り替えが昨年の、往路は順天堂大学、復路は法政大学、総合優勝は亜細亜大学ということになった。 

 チームにとっても、各大学のOB、ファンにとっても、二日間にわたって一粒で3度美味しい、という、支持されたこと。 これこそが箱根駅伝が80年余の長きに渡って発展し、数々のドラマを産んできた理由ではないか?と思うのだがどうだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年賀状

僕は年賀状は元日の朝に書くことに決めている。
理由は至って簡単!
無事にお正月を迎えられるか判らないからである。

元日の朝に届いた年賀状に
「平成19年 元旦」
と書いてあると、
「嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」と叫びたくなる。

実際、

「明けましておめでとう! 今年もよろしくお願いします!
  昭和○○年 元旦」

という年賀状を貰った人が大晦日に亡くなっていた経験があるのです。

「元旦」とは1月1日の午前中のことである。
元日の午前中に書いた年賀状にだけ、その記述は許されるべきである。

「年賀」とは松の内、1月1日から7日までのことである。

と、私は高校の古文の先生から教わってきたのだ。

なのに、世の礼儀作法を教える数多の本でも
「年賀状は、三が日中に届くべきである」とか
年賀状を出していない人から年賀状が届いてしまったら、
「早々にお年賀状をいただき、まことに有り難うございます」
と書きなさい云々みたいなことが書いてある。

冗談じゃない!
年賀とは正月7日までに届けば、立派に年賀状である。
それ以降に届くことになるなら寒中見舞いということになるであろうが、
普段、暑中見舞いも出さない人に、寒中見舞いを出すのも野暮であろう。

そういって、元旦に、年賀状をしたためる言い訳なのです。

さあ、明日からは、恒例の箱根駅伝モードに突入です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一年の計は・・・

明けまして おめでとうございます。
元旦とは文字通り、地(水)平線から日が顔を覗かせたとき、新年最初の日の出の瞬間であるから、初日の出を見逃すと、一年の計もなにもあったもんじゃない。
暖冬のまま年越しかと思えば、2007年元日は、かなり寒い朝だった。なにしろ、久しぶりに霜が降りていた。しかし、霜が降りるくらいだから、風もなく、静かに自宅の庭で初日の出を待った次第。20070101_02霜の降りた芝生がキラキラと光り輝いて、綺麗だったし、歩けば、サクサクと音と立てて気持ちよかった。

とは言っても、我が家は高台にあるわけでもなく、北海道・中標津町の開陽台のように周囲360度なあんにも遮るものがない、ということではないので、絶好の初日の出ビューポイントとは全然言えないが、これはこれで、目の前を流れる川の対岸の木々の隙間から、ひっそりと太陽が顔を見せるのをひたすら待つ。
すでに、川の水辺を無数の水鳥たちが綺麗な波紋を残しながら気持ちよさそうに泳いでいる。

6時47分、ようやく、太陽が顔を覗かせると、グングンと輝きが大きくなって、周囲を明るい茜色に染め上げていく。本当に日の出を見るたびに、太陽の昇るスピード、つまり地球の自転の早さ20070101_01に驚いてしまう。

西暦2000年問題のときは、本社で徹夜で警戒態勢にあたっていたため、ビルの5階からモーニングコーヒーを飲みながら、日の出を拝んだっけ。なんとも人騒がせな問題だったが、何もなくて実際はよかった。もし、なにかが起きていたら、正月休み返上、全部徹夜で大騒ぎしていただろう。
今年から西暦2007年問題がじわり、じわりと日本経済の成長を鈍らせていくことになるだろうし・・・

なんてことを考えていたら、一年の計を考えるのを忘れてしまった。
そういうわけで「一年の計は落胆になり」でした。

今年もヨロシクお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »