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甘いオムレツ~未熟の晩鐘

 昨夜の夕食後、テレビのスイッチを入れたら、アラーキー(荒木 経惟)が歌を歌っていた、と思ったら、よくよく見ると小椋佳だった。(小椋佳ファンの皆さん、ゴメンなさい。アラーキーの信望者のかたもゴメンなさい。) ビックリするくらい良く似ているのは、年齢は違うが二人とも都立上野高校の卒業生だからに違いない(笑)。 アラーキーのほうが小椋佳より3年先輩だったから、アラーキー卒業の年に小椋佳が入学という間柄である。アラーキーは千葉大学工学部、小椋佳は東京大学法学部だから、都立高校全盛期の頃である。
 番組は「小椋佳コンサートツアー~未熟の晩鐘~(BS-2)」のNHKホールからの模様を同日中継録画のようだった。 小椋佳が初めて一般大衆の前にご尊顔をあらわして、コンサートを行ったのは1976年10月のNHKホールだったから、やはり、あれから30年が経過したことになる。僕はまだ高校生だった。布施明の歌った「シクラメンのかほり」が前年度のレコード大賞などの音楽賞を総なめにし、曲を提供したのが、東大卒のエリート銀行マンが本職のシンガーソングライター、そしてほとんどマスコミにも姿かたちを現さない人だっただけに、俄然、注目を浴びたものだった。
 当時は、「シクラメンの花には香りはありません」というショッキングな事実(笑)に、無いものに、有るものの幻影を追いかけるような意味の詩なのだから、これでいいのだ!という意見があったが、さすがに30年も経つと、香りのあるシクラメンも栽培されているらしい。後で知ったのだが、元もとシクラメンの原種には強い香りがあったのだが、栽培に適するように交配を重ねるうちに香りがなくなってしまったらしい。

 僕は中学2年生のときに、FM東京(現TOKYO-FM)のマクセルユアポップス(月~金 午後10時(?))のDJをやっていた小椋佳のソフトな語り口が好きで、欠かさず聴いていたのだが、小椋氏は結構自分の番組の中で自分の曲(初期のアルバム「帰っちゃおうかな」「ほんの二つで死んでゆく」)の収録曲を紹介することが多くて、「なんだいユアポップスじゃなくてマイポップスだな」と思っていたのを覚えている。そして、小椋佳氏が東大法学部卒の第一勧業銀行の銀行員・神田紘爾氏であること、と氏がマイクロフォンを前にズレタ黒縁メガネを右手で持ち上げながら話しかけている写真を「深夜放送ファン別冊(自由国民社)」のDJ紳士録みたいな特集で見て、知っていたので、NHKの画面に映し出された氏の風貌を見て、別段驚かなかったのだが、翌日、高校のクラスといい、通学電車の中といい、小椋佳の正体見たり、の話題で持ちきりであった。 あれくらい、歌い手の顔が世間一般でもマスコミでも話題になったのはちょっと記憶にない。
 「歌手なんだから顔なんて関係ありません」「全然、私にとっては顔も合格です」
コンサートの後、会場を出る女性にインタビューした映像も、なにやら凄いも んだった。20070108_01_1
  デビュー当時の小椋佳のLPレコード(懐かしい響きだ)「雨」のジャケット写真には、東映の二枚目俳優であった岡田祐介氏を起用していたため、岡田氏のイケメンを小椋佳氏の面子と勘違いして、ファンになったという女性が圧倒的に多かったのも事実である。 
 アリスがデビューアルバムから解散まで、頑なにアルバムジャケットにメンバーの顔写真を出さなかったのとはエライ違いであった。 なにしろ、当時は「不思議な顔のアリス」と揶揄されたくらいである。なのに、シングルレコードのジャケットには惜しげもなく、メンバーの不思議な顔が溢れているのは何故なんだろう?

 あと、とても印象に残っているのが、神田紘爾氏が、NHKホールでのコンサートに出かける前に、「では、これから行ってまいりますので」と上司に、有給休暇の決裁を受けて、サングラスをかけて小椋佳に豹変するところは、クラーク・ケントが電話ボックスの中で着替えて、スーパーマンに変身するのと同じくらい、カッコよかったな~。

 ともあれ、小椋佳のアルバムは、言葉を旋律にのせて語りかけるかのような~伴奏付の詩集を読んでいるかのように、当時の僕の琴線に響いたものだった。 そして還暦を越えて、齢を重ねた氏の歌による語りかけは、昨日の僕の心をつかんで離さなかった。
 特に「甘いオムレツ」は泣かせたね~。 無性に涙が出てきてとまらなかった。

    子供らが 喜ぶという 理由だけで
    料理には やたら砂糖を 注ぎ込んでた
    甘いカレー 甘いオムレツ

 こう文章に書いてみただけでは、取り立てて何という感慨も沸かない文字の羅列なのだが、この詩にあるように20代で母親を無くしている自分には、この何でもない言葉の一文字一文字がとても重く心に響く。 
 ああ、そうなんだ、きっと俺のお袋も、子ども達のために自分の味覚を犠牲にして、子どもの笑顔を見たくて、必死にカレーや玉子焼きを作っていたのに違いない。
 アルコールが入っていたせいもあるかもしれないが、そう思った瞬間に涙が溢れて止まらなくなってしまった。 後は、どんな歌が歌われたのかも判然としないまま、番組は終わっていた。

 明日で、母親が逝った年齢と同じになる。 自分は、子どもたちに、これまで、そんな気持ちで「甘いオムレツ」を作ってきただろうか? 番組を見始めたときには、なかなか洒落たコンサートツアーのネーミングだ、と浅薄な考えしかなかったが、まさに自分自身に当てはめてみても「未熟の晩鐘」である。 

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