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鬼よ 永久に・・・

節分、つまり立春の前日である。
先週辺りから庭の紅梅はかなりほころんでいて、まだ枯れた芝生の間には雑草の緑が点々と目立つようになってきた。旧暦の正月ならば、本当に初春とは、こういう雰囲気なのだろう、と感じる陽気である。
これならば、「鬼は外」で家を追い出された鬼たちも、寒さに震えることもないだろう。むしろ、昨今の家々の中には、鬼以上に怖い存在がいて物騒な事件を巻き起こすので、外に出されたほうが、あるいはホッとするかも知れない。
「たまみやんさん、近くのスーパーで恵方巻を配達してくれるそうなんですけど、注文されますか?」
 朝一番で、職場で部下の女性から訊かれた。
「恵方巻ってのは関西でしょう。うちではそういう風習はありませんから結構ですよ。」
「ああ、きっとたまみやんさんなら、『スーパーとかコンビニの商業戦略に乗って、日本全部が同じもの喰わされるなんて真っ平だ』とかなんとか仰るだろう、って昨日噂してたんですけど、一応お声をおかけいたしました。」だって・・・。
 そうは言っても、うちの近所でも最近は、恵方巻は食べるけれども、豆まきは部屋の中が汚れるからやってません、という家が多いらしい。夜勤の人と交代するときも、
「ウチでも『鬼は外~』ってのは外にまくからいいんですけど、『福は内』のときは掃除が大変なので、そお~っと、隣で女房のもってるザルの中にばら撒くんですよ。どうも雰囲気がありませんね」と言っていた。
 僕が子どもの頃は、畳の上に散らばった豆を、拾い集めては福茶に入れたり、翌日のおやつにしていたから、結構、家の中は綺麗になったもんだったが、最近は掃除機で集めて捨ててしまうので、福の神も家の中に落ち着いていられないだろう。
 
 「鬼(おに)」とは「穏(おん)」が転じたものだと、聞いた事がある。人の目には見えない、隠れた存在。だから、恐ろしい。僕が小さい頃、なにか悪さをしたり、親のいうことをきかないと、親父は決して殴りつけるよなことはしなかった替わりに、夜、家の外に放り出されて鍵を閉められたり、暗い物置に閉じ込められてしまったものだ。ただでさえ田舎の、一番近い隣の家でも50メートル。暗くて静かな世界には、十分に鬼や魑魅魍魎の存在が確かめられるような雰囲気であった。
 いくら科学が発達して、子どもたちが怖がるものが減ったとしても、畏怖する対象となる存在は常にあって欲しいものだ、と思う。そういう意味で「神」と「鬼」は表裏一体かも知れない。鬼も神も、サンタクロースも、子どもたちがいつまでも信じていられるような世の中であって欲しいものだ。
 午後8時に家に帰りついて、玄関を開けると鰯の焦げた匂い。子どもと一緒に豆まきをして、食卓につくと、恵方巻ならぬ、手巻き寿司であった。

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