« こうのす花火大会 | トップページ | 島寿司を食す~新島紀行 PartⅠ »

CATSはCATS

 8月にCATSシアターに行くのは多分初めてのことだ。暑いのが苦手な人間が夏に出不精になるのは必然であるが、今回は4月に観たCATSが想像以上に期待を裏切ってくれたのを、24年前に僕を四季の会に巻き込んだ大阪在住のH君にメールしたところ、「そういう噂をよく聞くようになったので、自分の目と耳で確かめてみたい」ということで一緒に観劇しよう、ということになった。残念ながら、彼は土壇場になって上京できなくなってしまったので結局、自分の感想だけになる。
 CATSはいうまでもなく、ダンスミュージカルである。他のミューカルに比べて、ダンスの占める比重が大きい。ストーリーは結構単純なのに、難解である(あるいは僕が馬鹿で飲み込みが悪いだけかも知れないが・・・)。個性ある猫一匹一匹の自己紹介がオムニバス形式に何の脈絡もなく続いていくのだが、結局、ダンスミュージカルなのに、主役というべきグリザベラやディトロノミーはダンスではなくて、歌唱力だけで存在感を示し、クライマックスへ上り詰める(文字通りのパフォーマンスである)。親しみのあるメロディーが多く、決して飽きさせることはない。そして、CATSシアターという特別の舞台装置が必要なように、客席とステージが渾然一体となってドラマが進行していく、など単にミュージカルという範疇を超えて、「CATSは”CATS”というジャンルの舞台芸術である」と僕は思ったりもしている。
 24年前、僕が四季の営業担当だったH君に誘われてというか、なかば強制的にチケットを買わされて、新宿駅西口に張られた真っ黒なテントのCATSシアターに行ったときの衝撃は結構、大きかった。当時チケットが5,000円だったのにプログラムが2,500円はしたのではないか、と思う。まだ就職して給料が手取りで月20万もなかった時代である。
 感動しながらもなかなかストーリーが飲み込めずに、結局、その年にCATSシアターに5回も足を運ぶことになった。同じ年に開演した東京ディズニーランドにも一年間に5回通い詰めた。あの頃は若くて(24歳)元気だったなあ。
 当時のグリザベラは四季の看板女優だった久野綾希子、ミストフェリーは元ジャニーズの飯野おさみ、ラムタムタガーは今をときめくミュージカルスターとなった山口祐一郎、シラバブは野村玲子、グリドルボーンは保坂知寿と蒼々たる顔ぶれ、今みたいに全国に劇場を展開し、団員が分散してしまうような状況ではなかったので、いわゆるオールスターキャストだった。今思えばなんと贅沢な・・・。
 だからというわけではないが、ここのところのCATSは物足りないのである。クライマックスに向けて盛り上げていくテクニックは向上している(というよりカーテンコールが長すぎるよ~)と思うのだが、俳優個々の技量の面で消化不良を感じる。確かにダンスのテクニックはうまい人ばかりだ。ダンスミュージカルとしてはそれは最低限必要なことだ。アンサンブルでの多少のバラツキはあるが、合格点だろう。僕が物足りないのは、ミュージック、歌唱と声質である。ソロの部分で、おいおいそれはないだろう・・・みたいな状況が頻繁にお目見えする。いわゆる、配役と声質との微妙なズレと歌唱力のなさ、があまりにも極端に露呈しすぎるような気がするのだ。
 24年前のCATSはブロードウエイのオリジナルキャスト版の俳優の声質に合わせて俳優を選んだのか、と思うほど似通っている。歌い方や表現方法も、英語と日本語の違いがあるだけで、ほぼコピーしたような感じだった。当然、日本語版の初演に際してテキストとして利用したろうから、そうなるのはやむを得ないが、実はそれが、とても僕にとってはよかった。
 今の四季のCATSは、それなりに伝統というか風格が出てきたせいか、とても日本的になってきた。それが悪い、というのではなく、昔のような野太い荒々しいCATSのステージが観たい、と思う。
 今回、4月は奥田久美子、8月は早見小夜子というふたりのグリザベラを体験した。二人とも歌唱力は十分、声質は個人的には奥田がグリザベラには合致していると思うが、表現力や演技力では早見がよかった。マンカストラップにはストーリーテラーというかエヴァンゲリストのような役目なので、もう少し、暗い(重い)雰囲気があってもいいだろう。シラバブやジェミマは、ちょっと場違いなんじゃない?というくらいの歌い出しで、ストーリーの連続性・雰囲気ぶちこわしじゃん。ミストフェリーズとスキンブルシャンクスはもっとコケティッシュな面というか道化師的な表情があったほうがいいなあ、と思うし、ラムタムタガーの荒川努(懐かしいアイドルだなあ、昔、ウエストサイドストーリーで観たときとあんまり体型変わってなかったし)は、もう少し迫力というか荒々しさ、凄みが欲しいよな~。
 なんか、こんな悪口ばかりで、「昔の方がよかった、今の芝居は酷すぎる」なんて縁側で渋茶飲みながらつぶやいているなんて、まるでアスパラガスみたいじゃあありませんか。
愚痴ばかりで済みません。「じゃあ、お前やってみろ」と言われたら無理な話ですしね。とにかく、そんな風にいいながら、また観たくなる不思議さがあるのがCATSだよね。なんで人間の芝居でこんなことを2時間もぶっつけてできるのかいな?ホントに頭下がります。これって当初からの四季の会会員としてフォローになっているだろうか?

(新しい発見)
 なぜか、12回のCATS観劇のなかで舞台の右側から観たのは初めてだったので、新しい発見が数え切れないほどたくさんありました。自分でチケットとるときは、音楽コンサートのときの癖でどうしても左側の席をとっちゃうんだよね~。ピアノコンサートでなくても(笑)。やはり、次回は回転席で是非、観てみたい!
 また、今回、初めて気づいたことは、グリザベラのテーマというか登場シーンの音楽は、バッハのマタイ受難曲の第一曲の「来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け」に似ているなあ・・・、ということでした。重い足枷をはめて自らが張り付けられる十字架を背負いながらよろめきながら歩くイエスの姿と、グリザベラが重なって見えました。
 クライマックスで、グリザベラが光の中を天に昇っていくシーン。
「あれって、厄介者払い?」と私の左隣に座っていたある淑女の感想。
う、う~ん、CATSは観る方の人間のいろいろな人生観をも垣間見せてくれます。

※4月30日にCATSを観た翌日の新聞で、ジェニエニドッツ役一筋に活躍された服部良子さんの訃報に接して驚きました。12回の観劇体験の中で多分、10回は服部さんのオバサン猫に親しんできたものです。遅ればせながらご冥福をお祈り申し上げます。

 

|

« こうのす花火大会 | トップページ | 島寿司を食す~新島紀行 PartⅠ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/132155/16108403

この記事へのトラックバック一覧です: CATSはCATS:

« こうのす花火大会 | トップページ | 島寿司を食す~新島紀行 PartⅠ »