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さらばNIIJIMA~新島紀行PartⅢ

  3日間滞在してみて新島についてわかったこと、気がついたことをアットランダムに列記する。

・新島を走っているクルマはみな品川ナンバーだ。20070829_02
・それも大半は軽自動車(軽トラックと郵便局の配達車両、レンタカーばかり)である。何故なら道が狭いくせに一方通行の道路がないためである。
・東京都であるから警視庁のパトカーである。
・人口が2,400人しかいないのに警察署も裁判所も法務局も空港もある、それに皆、立派な建物である。
・宿泊定員は1,200人である。観光客のほとんどが夏のシーズンに集中しているらしい。
・新島の白い砂浜は、火山噴火の際の堆積した地層がもたらしたものである。
・新島とイタリアのシチリア島からしか産出しないコーガ石(抗火石)という世界的に珍しい石で覆われている。
・このコーガ石で作られた家や塀が多く見られる。
20070829_04_3 ・やはりこのコーガ石で作られた「モヤイ」という人面像が島の至るところに建っている。
・水田がないので米が獲れない。野菜も芋やかぼちゃ、ウリ、明日葉くらいらしい。
・くさやの発祥の地らしい。
・牛乳せんべいが銘菓であるのに関わらず、牛を見かけたことがない。
・海の水が冷たい
・どこの海水浴場に行っても同じ宿の宿泊客と遭遇するくらい、世間は狭いことを実感できる。
・何故か宿の朝食に出てくる焼き海苔の袋に「おはようございます 伊豆の宿」と印刷してある。
・島内の有料の観光施設は有料であることの意味がわからないほどつまらないものばかりである。
・とにかくどこの店も商売っ気が感じられない。
・羽伏浦のビーチの砂浜と波、そして人口密度は最高に心地よい!

20070829_03 一言で言うと新島はやはり「サーファーにとっては天国」というか「サーフィンをやる目的の人のための島」ということだろうか?狭い島なりに全島めぐってそれなりに楽しんだものの、多分もう二度と来ないだろうなあ、というのが非海の男の実感。

それにしても今回の夏の家族旅行、20回目にして初めて一日も雨にたたられなかった。帰りの船の中で台風9号が発生したことを知ったのだが、なんてラッキーだったのだろう、と思っていたら、竹芝に帰り着いてみたら雨!鴻巣駅に降り立ってみたらドシャブリであった。やっぱりなあ・・・。

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誰もいない海~新島紀行PartⅡ

だあれもイナイ海~♪ 二人の愛を確かめたくてエ~♪

「やっぱり南沙織はいいなあ~、Oh!シンシア!」
「森高でしょ、それ」と長男・・・
「・・・・・」
それきりで弾まない断絶の会話。

と いうわけで、昨日は島寿司を食べた後に、島の西側の前浜海水浴場(環境省認定の日本の水浴場88選の一つ)で泳いだので、今日は島の東側に6キロメートルに渡り真っ白な砂浜が連なる羽伏浦海海岸にやってまいりました。といっても宿からレンタサイクルで約10分で着いてしまうくらい近いのだ。

前浜がほとんど波がないのに対して、ここはさすがにサーフィンのメッカ。浜辺に近づくと、少し怖いくらいの波が打ち寄せている。なのに、右を見ても左を見ても、その白い砂浜に人影がない!というより、数えてみれば30人くらいはいるのだが、あまりに広すぎてほとんど目立たないのだ。それもほとんどがサーファーなので、砂浜にパラソルを広げているのは我が家族だけ。もともとファミリー向きの海水浴場ではないのだろう

20070828_01最初はビビッていた息子も、僕が手を引いて沖のほうに徐々に連れ出していくうちに、波に慣れてきて、「こっちのほうが楽しいね~」

海の男をまったく意識しない僕も、年甲斐もなく、サーフィンをしている若者たちをぼんやりと見ていたら、隣(といっても30メートルくらい離れていた)で甲羅干しをしていた、同じ宿に宿泊していた、どこぞのお寺の住職と思しき御仁が「手ほどきいたしましょうか」ということでボードを借りて、チャレンジしてみたが、気分だけサーファーを味わっただけで、結果は・・・

午前中、波と戯れて遊び、昼食後は自転車で南下して間々下海岸で泳ごうと思ったのだが、なんともはや、宿近辺の本村を離れると、まったく食事をとるところがない。しかたなく、というか親水公園のレストハウスで食事しようと思ったら、12時30分なのに、さして多くはないメニューのほとんどが品切れ又は今のシーズンはやっていない、とすげない返事。「ご飯モノは終わってしまいました。今、できるのはパスタだけです。それも大盛は勘弁してください」だって・・・、いくらシーズンオフだからってそりゃないよ・・・

で、しかたなくウエイトレスさんの本日のお奨めである「明日葉と生海苔のパスタ」を食べてみました。いや、この味、わたしゃ好きですネエ。

間々下海岸に行って見みたところ、本当に「誰もいない海」・・・、なにか不気味な感じさえして、結局泳ぐことをやめて、そのまま自転車で昨日の前浜海岸に出て、またそこで半日泳ぎまくりました。こちらは羽伏浦と違って、家族連れやビキニのギャルばかりでした。海から上がる度に「おじさ~ん、シャッター押してもらっていいですか~?」
夢にまで見た(?)ビキニ姿のお嬢さんたちを、何度カメラに収めたことでしょう・・・。ああ、こ20070828_04れが自分のカメラであればなあ・・・。

夕方になって、宿に戻る前に、湯の浜温泉露天風呂で汗と塩と砂を流す。古代ローマの神殿を思わせるような大小の露天風呂が海岸にあって、水着着用の混浴ではあったが、無料ということもあって大勢の老若男女であふれておりました。日焼けがヒリヒリ痛かったけど、気分は最高でしたね。

それにしても、いくら自転車で走っても、すれ違うのは同じようなレンタサイクルの観光客と品川ナンバーの軽トラックばかり。本当にこの島ってミステリー?

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島寿司を食す~新島紀行 PartⅠ

 僕は決して「海の男」ではない。「海か?山か?」「北か?南か?」と訊ねられれば、間髪を入れず「山!北!」と叫ぶであろう。たとえ加山雄三の「海、その愛」がカラオケのレパートリーであったとしても、である。そんな自分がまさか伊豆七島はサーフィンのメッカ「新島」に出かけようとは、まさに人生の大誤算であった。

 仕事がたてこんで、なかなか休みがとれず、小学4年生の子どもにとって夏休みのラストウィークにどうにか休みがとれた。海に行くらしい、ことは知っていたが、まさか自分が飛行機よりも嫌いな船で旅立とうとは思っても見なかったのだ。始発電車に揺られ、ゆりかもめの竹芝駅で降りて、東海汽船の待合所で、握り飯を頬張りながら、段々意気消沈していく自分が感じられた。「このまま帰っちゃおうかな~・・・・」。そういえば、お握りを買った売店で、ガスマスクを売っていた。三宅島に上陸するにはこれをもっていないとダメだという規定が三宅島村の条例にあるのだそうだ。吸収缶とセットで2,520円であった。

 7時40分発の式根島・新島行きの高速ジェット船に乗り込んで、「これから、3時間近く波に揺られて、シートベルトに縛られ座り続けなくてはならないのか」と思うたびに、ため息が出たのだが、何のことはない。この高速ジェット船というもの、予想に反して、走り出せば時速80キロ、まったく揺れがなく、新幹線や飛行機よりも、あるいは快適であった。嬉しい誤算であった。

 もともと伊豆七島には関心がなかったせいか、島の名前くらいは知っているが、どんな風に並んでいるかわからずに、最初に式根島に着いたのだから、新島のほうが東京よりも遠いのだろう、と思っていたが、実際は逆であった。伊豆七島といいながら、実は8つの島がある、ということも初めて知った。式根島はもともと新島と陸続きだったので数えないんだとか、窓際に座っていた、いかにもサーファーと思しき青年が、彼女と思える女の子に得意げに語っていた。彼の語りのおかげで、ガイドブックを読まなくても、新島のことが大体、把握できたのは収穫であった。

 宿(民宿)に着いてから、さっそく海に行くことにした。パンツとタオル以外のものは、パラソルから浮き輪、ビーチサンダルまで宿で無料で貸してくれた。もちろん、サンダルを忘れたのは海の男を自負しない自分だけであったが・・・。

20070827_02  海岸までは歩いて5分であったが、途中で細君がガイドブックで評判の「島寿司」を食べさせてくれる店を発見して、腹ごしらえをすることになった。店の外見は、どうみても寿司屋ではない。ブロックを積んだだけの倉庫みたいな「まると寿司」という店である。その日に新島の港にあがった地の魚だけをネタにする、というだけあって、ガイドブックの写真とは、若干異なる内容であったが、アオリイカ、サバ、タイ、マグロの赤身、玉子に、つき出しと明日葉と生海苔の味噌汁がついて2,000円。

 「お客さん、どちらから?」
 「日本一暑い埼玉県」
 「じゃあ、お隣ですね」
 「?!・・・た、確かに、ここは東京都ですね。走ってる車は品川ナンバーばかりだし・・・」

20070827_01  白身の魚好きの自分にとって、味はとても楽しめました。嬉しい誤算PartⅡ。
昼間のメニューは、この島寿司だけ、ということで、うちの家族以外に先客はなく、後から入ってきたお客さんも、「普通の寿司が食べたかったら、この先に寿司屋があるから」と追い返してしまう。商売っ気ない、っていうか・・・。カウンターの下では、白い飼い犬がアクビしてて、おこぼれを期待してるのか、客が来ても動きもしないし・・・。 気になったのは「このところ、島にあがる魚の種類が以前と変わってきたので、思うようにネタが揃わないことがあるんです。寿司屋がやり難くなってきましたね。地球温暖化のせいなんですかねえ・・・」との大将の言葉。

 

 

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CATSはCATS

 8月にCATSシアターに行くのは多分初めてのことだ。暑いのが苦手な人間が夏に出不精になるのは必然であるが、今回は4月に観たCATSが想像以上に期待を裏切ってくれたのを、24年前に僕を四季の会に巻き込んだ大阪在住のH君にメールしたところ、「そういう噂をよく聞くようになったので、自分の目と耳で確かめてみたい」ということで一緒に観劇しよう、ということになった。残念ながら、彼は土壇場になって上京できなくなってしまったので結局、自分の感想だけになる。
 CATSはいうまでもなく、ダンスミュージカルである。他のミューカルに比べて、ダンスの占める比重が大きい。ストーリーは結構単純なのに、難解である(あるいは僕が馬鹿で飲み込みが悪いだけかも知れないが・・・)。個性ある猫一匹一匹の自己紹介がオムニバス形式に何の脈絡もなく続いていくのだが、結局、ダンスミュージカルなのに、主役というべきグリザベラやディトロノミーはダンスではなくて、歌唱力だけで存在感を示し、クライマックスへ上り詰める(文字通りのパフォーマンスである)。親しみのあるメロディーが多く、決して飽きさせることはない。そして、CATSシアターという特別の舞台装置が必要なように、客席とステージが渾然一体となってドラマが進行していく、など単にミュージカルという範疇を超えて、「CATSは”CATS”というジャンルの舞台芸術である」と僕は思ったりもしている。
 24年前、僕が四季の営業担当だったH君に誘われてというか、なかば強制的にチケットを買わされて、新宿駅西口に張られた真っ黒なテントのCATSシアターに行ったときの衝撃は結構、大きかった。当時チケットが5,000円だったのにプログラムが2,500円はしたのではないか、と思う。まだ就職して給料が手取りで月20万もなかった時代である。
 感動しながらもなかなかストーリーが飲み込めずに、結局、その年にCATSシアターに5回も足を運ぶことになった。同じ年に開演した東京ディズニーランドにも一年間に5回通い詰めた。あの頃は若くて(24歳)元気だったなあ。
 当時のグリザベラは四季の看板女優だった久野綾希子、ミストフェリーは元ジャニーズの飯野おさみ、ラムタムタガーは今をときめくミュージカルスターとなった山口祐一郎、シラバブは野村玲子、グリドルボーンは保坂知寿と蒼々たる顔ぶれ、今みたいに全国に劇場を展開し、団員が分散してしまうような状況ではなかったので、いわゆるオールスターキャストだった。今思えばなんと贅沢な・・・。
 だからというわけではないが、ここのところのCATSは物足りないのである。クライマックスに向けて盛り上げていくテクニックは向上している(というよりカーテンコールが長すぎるよ~)と思うのだが、俳優個々の技量の面で消化不良を感じる。確かにダンスのテクニックはうまい人ばかりだ。ダンスミュージカルとしてはそれは最低限必要なことだ。アンサンブルでの多少のバラツキはあるが、合格点だろう。僕が物足りないのは、ミュージック、歌唱と声質である。ソロの部分で、おいおいそれはないだろう・・・みたいな状況が頻繁にお目見えする。いわゆる、配役と声質との微妙なズレと歌唱力のなさ、があまりにも極端に露呈しすぎるような気がするのだ。
 24年前のCATSはブロードウエイのオリジナルキャスト版の俳優の声質に合わせて俳優を選んだのか、と思うほど似通っている。歌い方や表現方法も、英語と日本語の違いがあるだけで、ほぼコピーしたような感じだった。当然、日本語版の初演に際してテキストとして利用したろうから、そうなるのはやむを得ないが、実はそれが、とても僕にとってはよかった。
 今の四季のCATSは、それなりに伝統というか風格が出てきたせいか、とても日本的になってきた。それが悪い、というのではなく、昔のような野太い荒々しいCATSのステージが観たい、と思う。
 今回、4月は奥田久美子、8月は早見小夜子というふたりのグリザベラを体験した。二人とも歌唱力は十分、声質は個人的には奥田がグリザベラには合致していると思うが、表現力や演技力では早見がよかった。マンカストラップにはストーリーテラーというかエヴァンゲリストのような役目なので、もう少し、暗い(重い)雰囲気があってもいいだろう。シラバブやジェミマは、ちょっと場違いなんじゃない?というくらいの歌い出しで、ストーリーの連続性・雰囲気ぶちこわしじゃん。ミストフェリーズとスキンブルシャンクスはもっとコケティッシュな面というか道化師的な表情があったほうがいいなあ、と思うし、ラムタムタガーの荒川努(懐かしいアイドルだなあ、昔、ウエストサイドストーリーで観たときとあんまり体型変わってなかったし)は、もう少し迫力というか荒々しさ、凄みが欲しいよな~。
 なんか、こんな悪口ばかりで、「昔の方がよかった、今の芝居は酷すぎる」なんて縁側で渋茶飲みながらつぶやいているなんて、まるでアスパラガスみたいじゃあありませんか。
愚痴ばかりで済みません。「じゃあ、お前やってみろ」と言われたら無理な話ですしね。とにかく、そんな風にいいながら、また観たくなる不思議さがあるのがCATSだよね。なんで人間の芝居でこんなことを2時間もぶっつけてできるのかいな?ホントに頭下がります。これって当初からの四季の会会員としてフォローになっているだろうか?

(新しい発見)
 なぜか、12回のCATS観劇のなかで舞台の右側から観たのは初めてだったので、新しい発見が数え切れないほどたくさんありました。自分でチケットとるときは、音楽コンサートのときの癖でどうしても左側の席をとっちゃうんだよね~。ピアノコンサートでなくても(笑)。やはり、次回は回転席で是非、観てみたい!
 また、今回、初めて気づいたことは、グリザベラのテーマというか登場シーンの音楽は、バッハのマタイ受難曲の第一曲の「来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け」に似ているなあ・・・、ということでした。重い足枷をはめて自らが張り付けられる十字架を背負いながらよろめきながら歩くイエスの姿と、グリザベラが重なって見えました。
 クライマックスで、グリザベラが光の中を天に昇っていくシーン。
「あれって、厄介者払い?」と私の左隣に座っていたある淑女の感想。
う、う~ん、CATSは観る方の人間のいろいろな人生観をも垣間見せてくれます。

※4月30日にCATSを観た翌日の新聞で、ジェニエニドッツ役一筋に活躍された服部良子さんの訃報に接して驚きました。12回の観劇体験の中で多分、10回は服部さんのオバサン猫に親しんできたものです。遅ればせながらご冥福をお祈り申し上げます。

 

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