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人間五十年かあ・・・

 正月気分も抜けきらぬうちに誕生日を迎える。 49歳になったことで、ついに亡き母の年齢を越えてしまった。享年49歳となっているのは数え年であるからだ。そういう意味で、今回の誕生日は特別な思いで迎えた次第である。

 49歳といえば、「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり ひとたび生を享け 滅せぬもののあるべきか」と「敦盛」を舞った織田信長が燃え盛る本能寺で果てたのが、この年齢だったと思っていたが、これも数え年で、本当は47歳のときらしい。他に、49歳で逝った人を列記してみると、 山下 清(画家)、寺山修司(劇作家)、逸見政孝(アナウンサー)、ジャンボ鶴田(プロレスラー)、松本竜介(コメディアン)などがいる。亡くなった当時は「若くして」「油の乗り切った」みたいな感じであったが、もし、自分が今、黄泉の国に赴くにあたり、そんな評価に値するほどの人生だったが、と思うと・・・。

 今日は職場の新年会があって、二次会はカラオケスナックで、私のお誕生会(?)モドキ。おしんこの盛り合わせが何とも豪華で・・・、「食べるのがモッタイナイ」と感じたおしんこは、多分、こ20080110_01れが初めてでしょう。(笑)「たまみやんさん、で、いくつになったんですか?」と訊かれるのならいいのだが、「何回目の誕生日ですか?」と訊かれて、はた?と考え込んでしまった。 年齢ならば、「49歳だ」と即答できるのだが、「何回目の誕生日か?」になると、「49回目、あれ? ひょっとして50回目かなあ・・・」
 生まれた日を最初に迎えた誕生日として勘定すれば49歳の誕生日は50回目の誕生日なのだろう。結構、この辺はアヤフヤなまま過ごしてきちゃった感じだ。俗に数え年というものがあるが、これは生まれた瞬間に1歳になっているから、年齢と迎えた誕生日の回数が一致するからいいなあ、と考えていたら、いや、待てよ。この場合でも、現在の法律では誕生日の前日に年齢は一つ加算されるから、厳密にはイコールではない場合(空白の一日だネ)もある。

 コンピュータというものに関わり始めて人生の半分以上27年位過ぎてしまったなあ。「血の通わない機械の手先になんかなるもんか」と思い続けてきたのだが、ある意味コンピュータに憧れる部分もあったりする。記憶装置をイニシャライズできる、どんなに外観は傷だらけで老朽化していても、工場出荷時の状態に戻せることだ。誕生日を迎えるたびに、自分の記憶媒体をイニシャライズできたら、どんなにいいだろう、と考えながら、今年も新しい日記帳を開く。

 

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