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フランシーヌの場合は・・・

 3月30日の日曜日とくれば、どうしても口をついて出てしまうのが「フランシーヌの場合」のメロディーである。

 1969年3月30日の日曜日の朝、フランシーヌというパリジェンヌがシンナーを頭か20080330_01_5らかぶり、焼身自殺を図り、30年の短い生涯を終えた。 小学4年から5年生になる春休み中の僕にとって、自分で自分の身に火を放つ行為が信じられなくて、言い表せないほどの恐怖心をいだきながら、ニュースを見た記憶がある。その恐怖心は、その一年半後に三島由紀夫が、割腹自殺を図る事件が起こるまで、ときどき、自分の夢に中に現れては、汗で全身をびっしょりになった朝を迎えることがあった。

    フランシーヌの場合は あまりにもお馬鹿さん
    フランシーヌの場合は あまりにも淋しい
    3月30日の日曜日
    パリの朝に燃えた命ひとつ フランシーヌ

  新谷のりこの歌う「フランシーヌの場合」という、この事件を取り上げた歌が、それこそ、テレビ、ラジオで聞かない日はない、という社会現象にまでなったのは、世界中がアポロ11号の月面着陸の話題に沸いていた頃のことで、我が家の居間に初めてカラーテレビが鎮座ました頃である。「月面着陸をカラーで見よう」という某家電メーカーのCMに祖父がつられて、買ったものの、当の月面からの中継はモノクロであって、気丈な祖母に、散々罵られたのを覚えている。その祖母の命日が今日、3月30日であったが、その日が日曜日であったかどうかは、覚えていない。大学2年の春休み期間中で、それこそ毎日が日曜日だったからである。

    ホントのことを言ったら お利口になれない
    ホントのことを言ったら あまりにも悲しい 

20080330_02_3  フランシーヌが自ら死を選んだのは、泥沼化するベトナム戦争と、ナイジェリア内戦、いわゆるビアフラ問題に抗議して、ということになっている。当事国であるアメリカや南北ベトナム、イギリス、ナイジェリアとは、なんの関係もないフランス女性の死が、国際的にどれほどの影響を両問題に与えたのか、となると、まったく問題外だったと思うが、当時、欧米、日本でも盛んだった学生運動に与えた影響は計り知れなかったろう。奇しくも、このレコードの発売された69年6月15日は、加熱する反安保闘争の中、国会への全学連の突入時の警察・機動隊との衝突で、東大生の樺美智子さんが亡くなった、まさにその日であった。彼女の死が、その後の安田講堂決戦に至るまで安保闘争の悲劇のヒロインとして神格化されていくのと同じタイミングで、「フランシーヌの場合」は学生たちのテーマソングとして広がっていったのだ。

    ひとりぼっちの世界に 残された言葉が
    ひとりぼっちの世界に いつまでもささやく 

 学校の廊下で、この歌を口ずさみながら歩いていると、先生に「そんな歌ではなく、もっと明るい、小学生らしい歌を歌いなさい」と小言を言われたことがあった。新谷のりこさんは現在でも、歌い続けておられるようだが、イラク内戦、チベット問題と、40年前と、場所さえ違えど、なんら変ることのない国際情勢の中、それに抗議して、焼身自殺を図ったり、割腹自殺する人間が出たとしても、やっぱり「お馬鹿さん」で片付けられてしまうのだろうか? それとも黒焦げになった死体の傍を遠回りして「そんなの関係ねえ!」とばかりにやゲーム機や携帯電話ばかりと向き合いながら皆、行ってしまうのだろうか。

   フランシーヌの場合は 私にもわかるわ
   フランシーヌの場合は あまりにもさびしい
   3月30日の日曜日
   パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ

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