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NAGOYA 恐るべし~PartⅢ

「名古屋に来たら、手羽先を食べてチョーよ」

 というのが、T社のH課長である。学生時代、彼と一緒に飲みに行った最後に、必ず立ち寄った神田の店がある。名古屋料理のお店ではないのだが、名古屋出身のマスターは、必ず、締めに、きしめんを出してくれたものだ。そんなときに、彼は決まって「東京には手羽先が食べられる店がない」ことを嘆いていた。

20081122_09_2  手羽先なら「風来坊」か「世界のやまちゃん」がいい、との彼のお奨めで、宿泊したホテルから歩いて10秒の風来坊で宴会である。先付けやヒラメのお造りの後に、出てきた噂の手羽先は一人頭、7~8個はあったろうか?(ということは、この夜だけで少なくとも、80羽の鳥たち僕たちの犠牲になったことにあるのだろうか?) デジカメを用意するまでの、お毒見役の部下の「あっ!こりゃうめえや~」の一言に、あっという間に、大皿にのった手羽先たちが、見る見るうちに視界から消えていく。「ああ、俺の分が・・・」、時すでに遅しである。

 職場にいるときから、「俺は鶏肉は苦手だ、手羽先はいらないから、俺だけひつまぶしにしてくれ」とぼやいていたM氏までも、両手に手羽先をかかえて、法悦の表情でレモンサワーをがぶ飲みしながら、テーブルの上で踊り狂っている。鴻巣にも駅の西口にコーチンと手羽先を食べさせてくれる店があるのだけれど、これは全くの別物といってよいだろう! H課長によれば、「山ちゃんの手羽先は、胡椒がきいてことのほかスパイシーでビールにあう、手羽先の元祖である風来坊は、ちょっと甘辛でゴマがまぶしてあるのが特徴」であるという。風来坊の手羽先も、僕からすれば、かなりスパイシーなので、酒のつまみにピッタシである。これ以上のスパイシーさとはどんなものか? 「土産はういろうをやめて、手羽先で決まりだな~。」 おいおい、それが鶏肉大嫌い人間の物言いか? 嫌いな食べ物を土産にしてしまうとは NAGOYA  恐るべし!

 宴会も次から次へと運ばれる名古屋グルメの数々にあるものは歓喜の涙をこぼし、あるものは、自分の胃袋の小ささを嘆き悲しみ、また、あるものは、すっかり出来上がって、「早くバニーちゃんに会えるお店に行きたい」と幹事に嘆願し、90分の飲み放題が、いつしか150分まで延長されるなど、名古屋の夜は更けていく。宴会の後、栄あるいは錦町に三々五々と二次会に散っていく仲間たちを見送って・・・ここで、かのH氏のご登場となるわけである。「名古屋まで来て、カラオケするか~!」との彼の一言で、錦3丁目にある「マイルス」というジャズのライブハウスの老舗に出かける。本当は、名古屋ブルーノートに出かけてみたかったのだが、あいにくというか、前売り券はソールドアウトということだった。

  20081122_10店は、小さなビルの4階の片隅で、セミコンサートのグランドピアノの半周を、8席ほどのカウンターが取り囲んでいる他、テーブル席も2つほどあるが、20人ほどで満員になるほどの小さなものだった。「あらあ、いらっしゃい、今晩ははじめてのお客様ばかりねえ」という、いくらママのお出迎えのごあいさつ。ちょうど、司いつきさんのライブが始まるところだった。IWハーパーのツーフィンガーwithチェイサーをたしなみながら、30分ほどのステージを楽しむ。かなり、ピアノの調律が気になるところだが、途中、第2ステージから名古屋のテレビ塔からの夜景を見に行った仲間も加えて、「ミスティ」などのスタンダートのほかに「スーパースター」「雨の日と月曜日は」「明日にかける橋」などお馴染みの曲を聴きながら、たっぷりと名古屋の大人の夜を楽しんだのです。

20081123_01 帰り際に、H氏は「名古屋に来てカレーうどんを喰わない手はないよ」と熱弁を振るうものだから、「えっつ? 名古屋でカレーうどん? インド人もびっくり、うどんもあるでよ~か?」 まだ、先ほどの手羽先が咽喉から出そうになる苦しみを抱えながら、連れて行かれたのが、なんと、やはりホテルから歩いて1分の「うどん錦」である。

  そして、ここのカレーうどんが、美味い! のである。それ以外に言葉が出ない。ああ、なんで一日の締めにこんな罪深いうどんを神は食べさせてくれたのか?夢にまで出てきそうな・・・是非、いっぺん食べてみちょ! 

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NAGOYA 恐るべし~PartⅡ

20081122_06 いったい、いつまで名古屋にいる気なんだい? すみません、相変わらず更新が遅れてていまして・・

 で、名古屋といえば「尾張、名古屋は城でもつ」と謳われているのですから、やはり、ここは 名古屋城に行かねばなるまいに。市営地下鉄名城線の「市役所駅」で下車したのだが、これって、なんかスゴイ名前の駅です。普通は「名古屋市役所前駅」とかいうんじゃないかな~?っと思って調べてみた20081122_07ら、日本全国でもここだけでした。おまけにホームの駅名表示の看板には「市役所」とだけ書いてあるので、なにか、ここは駅ではなく市役所の建物ではないか?と思ってしまうくらいの迫力である。おまけに「市役所」の下の方に小さ く「県庁」と表記してあった。さすが、政令指定都市である。ここでは愛知県庁よりも名古屋市役所のほうが格上らしい。NAGOYA、恐るべし!

 メンバーのおおかたが、名古屋なんか観光地じゃないんだから、名古屋城もそんなに観光客は多くないんだろう、くらいにたかをくくっていたが、見事に裏切られた感じ。いや、土曜の昼下がりだったこともあってか、かなりの人でごったがえしていた。 空掘にはのどかに20081122_05鹿君たちがうたた寝をしていた。鹿の小屋が堀の中に見えているところをみると、まったく水のない堀らしい。

  さて、名古屋城といえば、言わずと知れた「金の鯱」である。遠目で見ても、燦然と輝く、まさにシンボルっぽいモニュメントである。みんなが、カメラを上のほうに向けている。なるほど、金の鯱があって名古屋城が成立するといっても可笑しくは無いくらいイコールの存在なのだろう。でも、どうしても、真下から見上げると、鯱というよりも僕には、怒り狂ったアメリカザリガニがハサミを身構えて威嚇しているように見えてしまうのは私だけ? いや、待てよ!名古屋といえば「海老フリャアー」である。20081122_03_2なるほど、実は、この名古屋の郷土料理たる「海老ふりゃあー」が名古屋城の天守閣のてっぺんから、城下町を見下ろしている、というのは流石だ! NAGOYA、ますます恐るべし!

 それともう一つ、地下鉄の栄駅を降りた、我々の眼に真っ先に飛び込んできたのが、観覧車である。なんで、こんな繁華街の真ん中に観覧車が、それもビルの屋上にではなく、ビルの側面について、グルグル回っているではないか! サンシャインサカエというショッピングビルのスカイボート(500円)ということだが、これで夜景でも眺めようものなら確かに、気分もよかろう。NAGOYA、夜までも恐るべし! 

(続く)

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NAGOYA 恐るべし~PartⅠ

 「名古屋になんか来ても何もにゃーよ」
携帯電話の向こうでうなるのは、我がHONDAのライバル(?)、T社に勤めるH君である。
彼は大学時代からの30年近い付き合いになる親友である。6年前に出張で熊谷に来たときに、「今度、名古屋に遊びに来いよ」と言っていたのに、そりゃないよ。

 もちろん、職場の慰安旅行といえば、温泉につかって大宴会が相場。誰が名古屋に行こうなんて考えたんだい、まったく・・・ 私だよ~! 去年、仙台からの帰りの新幹線の中、新幹事長就任のあいさつの中で「来年はNAGOYA!」宣言をしてしまったのだ。そのときは、皆、てばさきだ、味噌煮込みうどんだ、小倉トーストだ、と大騒ぎをしていたのに、時期が近づくに従い、「おい、本当に名古屋行くのか?」とかなり真剣に不安そう・・・。そりゃないよ。20081122_01

 とにかく、東京駅に着いても半信半疑の人たちを、新幹線に押し込んで、2時間で名古屋駅。「俺、ここから伊勢参りして、松阪牛を喰いに行く~」と駄々をこねる部下の尻をけとばして、地下鉄に乗り込み栄のホテルに荷物を預け、名古屋ご当地グルメツアーの第一日目の昼食は、山本屋本店錦店の味噌煮込みうどんである。だが、普段なら、昼飯にちょいとうどんでも小腹に詰め込むかぁ~、といった類の安易な気持ちでは、味噌煮込みうどんは立ち向かえない!

「うどん、ちょっと硬めなんですけど~、柔らかいのがご希望のかた、いらっしゃいますかあ?」
「牡蠣が苦手なかたは名古屋コーチンのお肉を増量しますけど?」
「生卵を2個にすることもできますがあ・・・」20081122_02

と、かなり融通がきくらしい。しかし、実に美味だった。想像以上に硬い麺には驚いたが、これくらいでないと煮崩れしてしまうのかもしれないし、鴻巣にも「田舎っぺ」という、まるでつなぎにセメントでも使っているのではないかと思うほど腰の強いうどんを食べさせてくれるお店がある。甘い味噌で煮込まれたコーチンも、プリプリ丸々と肉厚の牡蠣もまさに極上の味。漬物は食べ放題、という。昼からたかがうどんごときに3,000円も払えるか?と思う向きもあるかもしれないが、この満足感は十分にその価値ありである。

 味噌煮込みうどん、いきなり強烈なパンチである。名古屋グルメ恐るべし!(続く)

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誰でも知ってるけど僕しか(?)泣けない歌

 「誰も知らない泣ける歌」というTV番組を観た。要は、当事者のエピソードを知らないと、何故、これが泣けるのか判らないけれども、知ってるとホロリとしてしまうという、いかにも20世紀生まれの日本人が大好きなタイプの番組である。当然、「それは秘密です!」の泣きの小金治以来、視聴者を泣かすことに熱心な日本テレビの番組である。

 もちろん、中には、「あ、この曲、俺知ってるわ」という曲もあるのだが、そんな思いをもって、この曲を聴いている人がいるのだなあ、と素直に感心してしまう番組である。否、元来、音楽ってそういうものだろうな。たまたま、シンクロする人の多い曲がヒットチャートを賑わすのであって、いくらミリオンセラーといっても、結局は、リスナー一人一人の琴線をいかに震わすことができるか?ということの積み重ねということになるのだろう。

 ちなみに、自分にとっての「誰も知らない(?)泣ける歌」ベスト5は以下の通り。

①スカボローフェア(サイモン&ガーファンクル)
 自分が中学生時代に飼っていた猫が不慮の事故で死んだとき、BGMのようにFMでかかっていた曲。ネコ自体の死よりも、事故から死の瞬間までを見つめた自分の心の葛藤みたいなものに無性に腹がたって、情けなくて、ひたすら自分を責め続けた。

②明日への賛歌(アリス)
 なんで、この曲聴いて泣けるンや?と多分、大多数のかたが思うかもしれない。①の自分を高校生になっても、引きずり続けていた頃、10歳違う一番下の弟を病気で亡くした。なぜ、人間は結局は死ぬ運命なのに、生き続けなければならないのか? 「自分って、いったい、なんなのだろう?」ということにもがき続けた毎日。他人と衝突したり、親にしかられたりしたときに、何度、手首を切ろうと、洗面所から剃刀を持って自分の部屋に閉じ籠ったことだろうか? その前に一曲歌い納めをしようとギターを手に歌ったのがこの曲。歌っているうちに、なんだが、気分が変って、そのままズルズルと現在に至る。でも、今でも、この曲を聴くたび、当時の自分に戻ってしまいそうになることがある。

③雨
三善英史の歌(もちろん、これも大好きなカラオケでの18番なのだが)ではなく、八木重吉作詞、多田武彦作曲の男声合唱曲。たった6行しかない歌詞だが、作曲家がライナーノーツで書いているとおり、自分も、自分の葬儀のときに、この歌に見送られて埋葬されたいと常々思っている。学生時代、ステージで、ハミングをしているときに、ジワーときてしまい、タクトが見れずに、涙をこぼさないように上を向きながら歌っていた。

④レクイエム(モーツアルト作曲)
高校2年の秋、僕は自殺願望みたいなものにとりつかれていた時期があった。奥浩平の「青春の墓標」や高野悦子の「二十歳の原点」を読みあさり、「今日こそ、僕も死んでやる~」と思うことが幾たびか、僕の亡き後、出版されることになるであろうと妄想し、日記を中学3年から大学2年まで、毎日、綴り続けていたのも、あるいはそんな理由から。自分が手首から血を流して冷たくなっている時に、自分の部屋で、プチ、プチ、最終トラックで、針が戻っているレコードは何がいいだろうか?と考えて、最終的にベームの指揮するモーツアルトのレクイエム、それもウィーンフィルのグラモフォン盤ではなく、ウィーン交響楽団のモノラルのフィリップス盤のA面に決めたものだ。

⑤たのしいひな祭り
 初節句を前に、わずか3ヶ月で逝った我が娘。妻の実家から届いた雛飾りを飾った翌日、その前で記念写真を撮ることもなく、ひな壇は片付けられ、その部屋には娘の亡骸が横たわっていた。僕はあのときの悔しさを、この曲を聴くたびに思い出し、10数年が過ぎた今でも、人目をはばからず、涙をボロボロ流す。おかげで2月にだけはスーパーに買物に行きたくない。泣いてどうなるものではないが、前述の勝願寺での人形供養に人形をもって来られ、いつまでも手を合わせ続けている人を見るたびに、やはり、涙が止まらなくなる。

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埼玉県高校ラグビーの新しい時代

 今日は高校ラグビーの埼玉県大会の決勝戦だったのです。今年、変な意味で話題が盛り上がっているのが、今年の決勝に勝ち残った高校が深谷高校と浦和高校という県立高校であったことです。(私立がいない?)

 そして、県立浦和高校といえば、県内ナンバー1の進学校と自他共に認める高校です。31年ぶりの決勝進出。もし、勝って花園に出れば、1959年(僕の生まれた年だ!)からほぼ半世紀ぶりになるという伝統校です。ファーストジャージの茄子紺色は、かつて、埼玉県から初めて花園に出場するにあたり、ジャージを揃えるお金が無くて、白の練習着を文字通り、学校の近所の畑から引っこ抜いてきた茄子の絞り汁につけて染め上げた、といういわくつきのものです。こういう話に僕は弱いんだよね~。Img_6779

 それ以外にも、準決勝(ベスト4)に勝ち残ったのが、早稲田大学本庄高等学院と慶応義塾志木高校という、共に早慶の係属校。もしこの2校が決勝に残ったら、早慶戦だったわけで、県大会で早慶戦が実現できるのは実は埼玉県だけなんだよね~。これも3位決定戦でもあれば、実現できたのに残念だった。

 これまでの常連校だった、正智深谷、熊谷工業がベスト4に残れなかったことと、県立浦和、早大本庄、慶応志木といった埼玉県内でトップレベルの進学校がベスト4に名を連ねたことから、「おいおい、いったいどうしちゃったんだい?」という声が高校ラグビー関係者からきかれたわけですけど、これまでもベスト8に、県内屈指の進学校の熊谷高校や川越高校も入っているわけですから、別に驚くには当たらない、という意見もあるようです。

 僕もミニラグビーの指導者として10数年経験を積んできたわけですが、本当にラグビーのセンスがある子どもというのは、とってもクレバーな子が多い、というよりもほぼ100%、そうだと確信をもっていえます。もちろん、体力とか体格という要素もあるかも知れませんが、小学生くらいのうちから、瞬時に周囲の状況を分析、判断して、自ら動けるだけでなく、自分の周りの仲間をうまく、コントロールして使うことのできる子どもが、本当に何年かに一人くらいの割合ですが、いるのです。

 こういう人材に巡り会ったときのコーチの幸福度といったらありません。いつもならゲーム中に、ああだこうだとでかい声で指示を出さなくてはならない(こういった行為もラグビーのゲームでは本来、たしなめられるものですが)ことが多いのに、こういったクレバーな人間がひとりいるだけで、私たちは本当に安心してゲームを見ていられるのです。

 そして、彼らは、その才能をいかんなく発揮して、学業の面でも優秀です。特にこの他人を使いこなして、ゲームをプランニングできる、ということは将来的に就職しても管理職として最高のレベルまで出世できるでのではないか、と思います。我が国成年男性のスポーツ経験でいうと、ラグビーの経験者は大体、0.7から0.8%、つまり1000人あたり7~8人だそうで、野球やサッカーの足下にも及びませんが、企業のトップにある社長さんたちに、ラグビー経験者って、とっても多いように思えます。

Img_6783  で、今日の決勝戦ですが、結果的には下馬評通り、深谷が13-0と完封勝ちで花園出場を決めたわけですが、どちらかというと、浦高のよさだけが目についたゲームでした。早くて低いタックルと、11番のウイングとフルバックが、鋭いステップとスピードで、ゲインラインを何度も突破し、フォローがしっかりついていれば、少なくとも3トライくらいのチャンスはあったと思います。惜しむらくは、フォワードの頑張りで、深谷と互角以上に渡り合えたことが、過信につながり、才能あるバックス陣へのボールを供給する機会を少なくしてしまったことが惜しまれます。まさに、浦和は登り調子で、一戦一戦成長してきた感じで、引き換え、深谷はライバル校が早々と次々姿を消してしまって、油断してしまったのか、雑で不真面目なプレーが見られ、残念です。あと、1,2週間、決勝戦が遅かったら、結果は違っていたかも知れません。このままでは、深谷は全国大会でも苦しい、というよりも見苦しい戦いを強いられるかも知れません。

 浦和高校の応援席では、リーダを中心に、一糸乱れぬ応援ぶりはさすがに伝統校です。しかしながら、ゲーム前のエール交換のときに、深谷の校歌の場面で不必要に盛り上がっていたのは残念です。もっとも、僕にとっては、スタンドが浦和高校と深谷高校に色分けされるような状況って言うのが、ラグビー精神に反するものだと思うんだけどね。たまたま僕が座っていた席が、いつのまにか周囲が深谷の応援席状態になってしまって、父母会のかたと思われるお母さんから、お煎餅やお菓子をいただいてしまったりしてしまったんだけど、おまけに、深谷がトライした場面では、一人だけ座り放しで拍手しなかったせいか、周囲から白い目で見られてしまったり・・・。こういう雰囲気はよくないなあ。今度から、高校ラグビーでは気をつけて座席に座ろう(笑)。いや、去年までなら、スクールの教え子が深谷にいたから、一生懸命応援したんだけどねえ~。

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お十夜って

 埼玉県民の日は、明治4年の11月14日に「埼玉県」が生まれたのを記念して、100周年にあたる昭和46年(僕が中学1年のとき)に制定されて、それから県内の多くの公立学校はお休みである。

 だが、ここ鴻巣市では、それ以前から、市内にある勝願寺というお寺の「お十夜(おじゅうや)」という行事があって、前後の13日から15日にかけて、本堂で夜通し、施餓鬼を執り行うのだ。昔は文字通り14日を挟んで前後10日10晩、ぶっ通しで施餓鬼をしていたらしい。

 広い境内から参道の両脇に所狭しと露店や見せ物小屋(ヘビ女とかお化け屋敷など)が立ち並び、そりゃあ、大変な賑わいだった。市内の学校は午後からお休みになったりしていたらしい。僕の小学校ではそんなことはなかったと思うのだが、でも、学校から帰ると、毎年、家族全員で勝願寺に出かけたものだ。夕方になり、花火があがると、お隣の川里村や騎西町のほうからも自転車や徒歩の人々が三々五々、勝願寺に向かって行列をつくる様は、何やら北京の天安門広場みたいな感じか。

Img_0582  昔は、お十夜が近くなると、キグレサーカスやカキヌマサーカスがやってきて、それを見るのも楽しみだった。テレビもカラーではなくて、あんまり娯楽がなかったものなあ。農家では稲刈りも一段落して、子供たちにも「お十夜だから」という特別な理由で、おこづかいが貰えたし、冬物の衣類や手袋、マフラーを買ってもらったり、お正月を前に、なんとなく浮き浮きする気分だったし、鴻巣の市街に親戚があると、招かれてご馳走になったりもした。

 高校に行くようになった時には、すでに県民の日が定着して、学校は休みだったが、鴻巣市の中学出身者以外には「お十夜」というものが何なのか理解できなかった、ということを知って、ショックだったなあ。「『オジュウヤ』とは何を商っている店なのか?」とは「ムム・・・!?」

Img_0629  現在でも、見る人が見ると、賑やかな縁日みたいな風情だというのだが、昔を知るものにとっては、寂しい限りだ。鴻巣市にも、人口が急激に増えた分、余所からの転入者が増えたろうし、県民の日になると、親も会社を休んでディズニーランドに出かけるという家族が多い。14日に行われる人形供養の前に行われる稚児行列も、最近はディズニーランド人気に食われたのか、参加する子供が少ない感じだったが、今年は17,8人はいたろうか。

 せっかく、何かの縁あって、こんな古式豊かな行事がある鴻巣市に住んだのだから、七五三とは一風変わった、こんな行事に参加してみてはどうだろうか?

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栄光への脱出

 久しぶりにアリスの話題をきいた。「綾小路きみまろのライブアルバムが発売以来6年をかけて売り上げ100万枚を突破した。」というニュースの中で、これまでの記録はアリスの「栄光への脱出」が82万6千枚であり、音楽関係のライブアルバムでは依然、第一位であるとのこと。でも、井上陽水のライブがわずか3千枚の差で第3位であり、BO¢WY、エリック・クラプトンと続いているが、その差は20万枚近く離れているので、当分、「栄光への脱出」の音楽ライブアルバムの売り上げでは、トップのままなのだろうか。

 というより、最近、ライブアルバムって発売されてるのかなあ? どちらかというと、映像付きのDVDのほうが主流なのではないかな、昔と違って、テレビ放映を拒否するアーティストも少ないみたいで、BSやCSでも毎週のようにいろんなアーティストのライブが見られるわけだもの。

 「栄光への脱出」のアルバム(LP)は、なぜか僕は持っていない。アリスのレコードは、ファーストアルバムはおろか、アリスデビュー前の谷村新司が所属していたアマチュアバンドのザ・ロックキャンディーズ時代からEPシングルも含めて、すべて揃えていた自分だが、どうも、この頃のアリスは何やら宗教じみてきた感じがして、特にライブではそうだった。「兄貴が買わないなら・・・」と当時、ようやくベイシティ・ローラーズから宗旨替えをした弟が買ってきたので、自宅には今でもあるのだが、実はまともに聴いたことがない。これがライブアルバムの最高売り上げを持っていたのを、初めて知った次第。

Eiko02_2 Eiko03  アルバムタイトルは、映画「栄光への脱出」からとったもので、オープニングテーマとしては確か、僕が中学の時(1973年)の12月に行った神田共立講堂でのアリスクリスマスリサイタルでのオープニングに使われたのが最初だったと思う。あまりの格好良さに、映画の方も名画座に観に行って、すっかりはまったものだ。ポール・ニューマンはかっこよかったなあ。

 いっぺんしっかりと通して、聴いてみたい気もするのだが、レコードプレイヤーがいかれちまって、針を落とすことができない。CDが出てはいるのだが、どうもLPで音楽に親しんだ世代としては、音はともかく、歌詞カードの文字が小さすぎて読むのに苦労したりで・・・、と思っては見たが、なんだ、歌詞はLP版のを見ればいいのか・・・。「栄光への脱出」ならぬ「とまどいからの脱出」になるかも。

 

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焼け石に見ず

定額給付金2兆円・・・。所得制限は各市町村に任せるそうな・・・。それならば、給付金そのものの是非も市町村に任せていかが? 国民一人当たり1万2千円支給するか、人口分のお金を自治体に交付して、自治体独自の景気対策を講じさせてはいかが? どちらを採るか、市町村に選択させてはどうだろうか? 大半の自治体が後者を選ぶと思うのだが・・・。

地方自治体がこぞって反対というか疑問視している政策を押しつけておいて、最終的には市町村に責任転嫁する腹づもりなのですかね~。今時、ひとり1万2千円(一ヶ月千円ですよ。うちの息子の深夜アルバイトの時給です。)もらって喜ぶ人はいないと思うけどなあ。3年後に消費税17%になると、平均的な世帯で年間20万円以上も税負担が重くなるよ、という明言しているわけですから、せめて、年間20万円くらい(ひとり当たり5万円くらいの)の給付金が欲しいですよね~。

世界的な不況の嵐が吹いているときに、2兆円程度のお金をばらまいても、景気の浮揚にはつながらないわけで、むしろ、その2兆円という大金を出す余裕があるのなら、今こそ、社会保障とかのファンダメンタルなインフラ整備などの施策に使って、後年度の負担を減らすことを考えた方がいいのではないか? もちろん、道路を造るなんてとんでもない話です。

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訃報

 朝、新聞を読んで驚いた。ゴールデンカップスのデイブ平尾が亡くなったって・・・。確かに、デビュー当時の面影はなく、どちらがミッキー吉野か判別つかないほど、文字通りデブ平尾になっていたが、最近の歌いっぷりは、なんとも大人の、それもちょっと悪オヤジ風のノリで、なんとも味わい深いものだった。残された、もう一人のボーカル、マモル・マヌーだけでグループを続けるのか否か、気になるところ。

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母校愛

おお、西武ライオンズ(正確には「埼玉西武ライオンズ」)が日本一になった。レギュラー9人の年俸を全部合わせても、巨人のクリーンアップの年俸に及ばない、まさに環境に易しい省エネ日本一ではないか。

日本国内で言えば、ほぼドリームチームに等しいジャイアンツでありながら、ほとんどチームとして機能してこなかったのに、戦跡としては3勝4敗で惜敗と、いうよりも、完全に手玉に取られた感じではないか? これでは、アメリカが本気を出してくる次回のWBCに原監督で臨むというのはどうなのだろうか?という意見が出てくるだろうな。でも、WBCの日本開催のメインスポンサーが読売グループではしかたないこのなのか?

以前、このブログでも書いたのだが、物心ついたときの巨人ファンであった僕も、江川事件以来30年近く、ヤクルトと西武のファンになっているのだから、ありゃりゃ、いつの間にやら、巨人ファンよりも、キャリアは長いのか?

今、困った問題なのが、その大嫌いな巨人に、母校中大出身の、安部、亀井、会田など巨人選手が多いのだ。よって、彼らのバッターボックスでは、声をからして、応援している。

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僕が調理をするのが好きになった理由・・・

多分、小学校の5年生のときの家庭科の時間だった。

この「フロフキ大根はとても美味しい」とみんなの前で言ってくれたM先生の一言のせいだと思う。でも、通知表で「5」は貰えなかったのだけれども・・・

大学3年生の時、僕のアパートには、毎週水曜日になると、合唱サークルやラグビー愛好会の後輩たちが、安物のウイスキー(トリスやレッド、ノースランドなど)や酒のつまみを手にしては集まってきたものだ。「たまみやんさんの手作りカレーは、当時、中大生協食堂のカレーを凌駕する美味さを誇っていたはず・・・、なにせ、朝から、京王線つつじヶ丘駅前の忠実屋で材料を仕込み、4時間は煮込んでから、合唱サークルの練習に出かけた後に、夜になって、酒盛りが始まってかた再度、加熱して・・というかなり手の込んだ一品であった。いわゆる、老舗の蕎麦屋や鰻屋よろしく、継ぎ足し継ぎ足しの秘伝のカレーソースが・・・といいうもの。さすがにアパートを引き払うときには、3センチくらいの厚さにカレーがよどんでいる鍋を貰い受けたいという人間がいたのだが、当然、1年間、空調のきかない部屋で管理していたため、多分にカビやゴミ、蚊などがソースに紛れ込んでいたのではないだろうか?

僕がつくった料理(?)を皿に盛るつけるとすると、見た目には絶対、カミサンにはかなわない。カミサンは外見を取り繕うのは本当に感服するほどうまいのだ。でも、「お父さんの作ったほうが美味しい」と5歳のときの長男に言われた一言。心の中で「やりい~」とほくそえむ僕と不機嫌そうに皺を眉間に寄せる妻。

そして、今年の夏休み。出雲大社に詣でたときに、名物の出雲そばの名店(芸能人の色紙が24枚も壁に貼ってあったところ)の前で1時間も行列を作って食べた割り子蕎麦。長男が「やっぱり、お父さんの手打蕎麦のほうが美味しいと思うなあ・・・」、すかさず、11歳の二男坊が「うん、お父さんのお蕎麦が食べたいなあ・・・」
なんて、涙ぐましいお世辞をかましてくれるんだ・・・わが息子たちよ。

もう、これで、父の進むべき道の7割は決まってしまったなあ・・・。実は、自分の手打蕎麦にイマイチ、満足できない自分では有るけれども・・・。

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こらっ! テツヤ! なんばしよっとかいね~

筑紫哲也氏が帰らぬ人となった。

いろいろ批判が多い人でもあったが、完璧に自分を貫いた人であった、そして、格好いい人だった。早稲田のグリークラブの出身でありながら、早稲田っぽくないダンディズムに溢れていた。

僕が朝日ジャーナルを愛読していた学生時代は、まだ編集長にはなっていなかったと思うのだが、もしかして、氏が編集長だったら、もう少し、自分の投稿を掲載してくれて、一筆4,000円なりの謝礼で、少しは貧乏学生の神田川生活を豊かなものにしてくれたのではないか、と思う。

合唱、いや 合掌・・・

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桶川市民まつり

20081104_08  再び桶川市民まつりの話題です。人通りの多い、中山道を歩いていくと、もの悲しげな胡弓の調べが・・・なんてこったい!こんあところで、おわら風の盆・・・?。なんの脈絡もなく、突然、出てきちゃうんだものなあ・・・。もっとも、最近ではお隣の北本市でも、祭りの呼び物はねぶた祭りだし・・・、なんかチョーシ狂うよねえ。

 桶川市の観光協会が入っている中山道宿場館では、中山道宿場パネル展が開催されており、なんと多くの市民のかたが行列を作っている!モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!! と、思っ20081104_09 たら、行列はトイレを待つ方たちでした。

 パネルの展示場には中山道69宿の案内が示されたパネルが所狭し(本当に狭かった・・・)と並べられていた。鴻巣宿もしっかりとあったのだが、お隣の熊谷宿のパネルを見て、思わず笑っちゃいましたねえ。熊谷宿の特産品は、「暑いぞ!クマガヤTシャツ」なんだそうで・・・、宿場がある昔から、このキャッチフレーズで有名だったとは、お見それしました。20081104_10なんだか、とっても悲しすぎるお話です。

 僕は、お祭りに出かけても、ほとんど屋台の食べ物は食べない・・・昔、超レア状態のイカの姿焼きを食べて、気持ちが悪くなり、熱を出して寝込んだことがあって以来、本当にひやかし専門で露天商のテントをウインドーショッピングするのが常なのだ。で、2時間近くも中山道を行ったり来たりしていたのでお腹が減りましたので、「ラーメン工房みそ伝」の特みそラーメン(730円)を食べること20081104_12 にしました。以前から仕事でコラボしていたSEのKさんがひいきにしているお店で何回かきたことがあります。ここは札幌の西山製麺の麺を使っているのです。そしてギョーザは、あの北本市のご当地B級グルメ「とまとルンルン揚げ餃子」でお馴染みの北本市のヨコミゾフーズさんのものです。もちろん、とまとルンルン揚げ餃子はここのメニューにはありません。餃子も食べたかったのですが、生ビールのつまみ(?)にミニ玉子チャーハン(150円)です。

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和宮行列が通ったまち

20081104_01  11月3日は、桶川市で市民まつりがあった。知り合いに誘われて出かけました。目的は噂の皇女和宮行列を見ることです。

 午前中は、東日本実業団駅伝が走り抜けた中山道を、午後になると大河ドラマの「篤姫」でもお馴染みの皇女和宮が徳川家茂に興入れするために文久元年(1861年)10月に京都を出発し、中山道を江戸に向かい、11月13日に桶川宿にお泊りになったことを、記念して、その行列の再現を行う、といったものです。20081104_02

 行列前の集合場所である桶川小学校の校庭に行くと、いろいろな衣装に身を包んだ市民のかたがいて、記念撮影をしたり、なんとものどかな雰囲気です。和宮となんの関係があるのか判りませんが、鷹匠の皆さんによるパフォーマンス~放鷹術(ほうようじゅつ)が披露されたりしていましたが、途中、一羽の鷹が、大観衆に興奮してしまったのか我を忘れて、校外の木に飛んでいったまま、帰ってこないハプニングもあり、行列前からかなり賑わいをみせていました。和宮のお付の重臣役(?)はどうやら、市長さんらしく、なかなかご満悦のご様子で、「余は満足じゃ~」状態で、しじゅうニコニコされていました。20081104_03

 なぜか、郵便マークのはいった箱をもった飛脚がいたり、桶川名産のべにばなを持った可愛いお嬢さんがたも歩いていたり、再現というよりもかなりオリジナルな部分もあったようです。中山道に出ると、人ごみに紛れて、あまりよく見えなかったので、先回りして、駅を過ぎたあたりの歩道橋の上から、行列を待つことにしましたが、待ても暮らせどその影が見えません。気がつくと、なんと行列は途中の駐車場の中にしつらえたステージのところで、なにやらイベントをやっていました。ははあ、無事に桶川宿に着いて、どうやらお茶の接待を20081104_06 受けているらしい様子でした。

 11月13日に桶川宿泊ならば、必ず鴻巣宿も通っている筈なのに、鴻巣市ではあまり和宮のことが話題になることがありません。歴史に詳しい人に尋ねてみると、前日の12日の宿泊地熊谷宿を出た一行は、確かに鴻巣宿で昼食をとったことが記録に残っているとのことでした。いったいどんな昼食を食べたのか興味深深ですが、もし、堀北真希が鴻巣に来たら、メイキッスのランチでも食べるのでしょうか・・・

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こらっ!テツヤ! なんばしよっとかいね!

もちろん、小室哲哉の逮捕の一件です。びっくりしたなあ、もう。

 でも、それらしい雰囲気を感じていたのは実は9月。お彼岸のときに、お線香を立てに来た叔母が、「小室哲哉って、お金に困ってるらしいねえ」という話をしていたからだ。

 なんでも、叔母の息子、すなわち自分の従兄弟の友人の実家がかなりの資産家らしいのだが、件の小室氏も何回か遊びに来ていたらしい。今年になって小室氏から、「2億ほど金を貸して欲しい」という申し入れをされた、という。

 そのときは、従兄弟の友人の家が、もう嫌になっちゃう位の大金持ちで、上には上がいるもんだねえ・・・、というのが主題であり、小室哲哉のことはそのダシに使われたに過ぎない。自分も、まさか小室ほどの人間が2億の金に不自由しているとは思えないので、ガセネタだと思い、あまり気にもとめていなかったのだが・・・

 小室氏は1958年11月生まれなので、学年的にも自分と同い年である。天は二物を与えず、というけれども、彼ほど天から二物も三物も与えられた人間はいない、実に羨ましいなあと思っていたのに・・・まあ、稀代の好色性と浪費癖も神は同時に与えてしまったのだね~。

 それにしても、早稲田実業学校にある小室哲哉記念ホールはどうなっちゃうんでしょうか?きっと、ハンカチ王子斉藤祐樹が、莫大な契約金をもらって巨人に入ったら、寄付をいっぱいしてくれるでしょうから、将来的には斉藤祐樹記念ホールに改称されることになるとは思うんだけど・・・

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東日本実業団駅伝

20081103_01 11月3日は文化の日。埼玉県では(といっても、大体、県央部に限定されるのだが・・・)、毎年、東日本実業団駅伝が開催される駅伝デーである。鴻巣市でもコースとなる中山道には、朝早くから、色とりどりのジャージ、ユニフォーム姿の選手・関係者で騒々しいことになる。

 市内のあちこちにTBSのスタッフと思しき連中が動き回っているし、普段は、見かけないアフリカ生まれの黒人選手などに、いきなり通りの角を曲がった瞬間に出くわすなど、今日20081103_02一日だけとはいえ、異次元空間に迷い込んだみたいだ。一角に人だかりができていて、あきらかにそれと判るテレビカメラとマイクが見え隠れするとこ ろがあったので、覗いてみたら、なんと、北京五輪マラソン代表だった土佐礼子さんだった。そういえば、彼女は三井住友海上の所属だから、出場はしなくても応援スタッフとしてかけつけていてもおかしくない。

 カメラに収めようと思ったら、なんてこったい。バッテリーがない・・・。ガ~ンweep、昨夜、充電したままだった。20081103_03慌てて、取りに帰ったのだが、後のまつり・・・、礼子はどこかへ行ってしまったトサ(笑)。おまけに、すでに男子チームと女子の先頭は通過したあと。何枚かの写真を撮影したが、いやあ、結構なスピードで走り抜けるので、シャッター切るのが難しいこと。

 終わったあとに、町のあちこちに、にわか駅伝ランナーとなったアマチュアランナーが走り出したりする光景も・・・、以前、話をきいたことがあるのだが、箱根駅伝の後になると、ランニングシューズがよく売れるようになるんだそうだ。そういう自分も・・・3年続けて3日坊主。お恥ずかしい!crying

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私は「感謝」の気持ちを忘れている

 文明、あるいは科学技術の進歩によって、我々の生活はエラク便利で楽になったように思える。その裏側では、目立たないのかもしれないが実態として、あまり変っていないことも多いように思える。

 例えば、我々がコンビニで買ったり、ファミレスで注文したりする食品の多くは、科学技術がいかに発達しても、科学の力で生み出されたものは何も無いわけで、自然の中から農業あるいは畜産、漁業という技術を駆使して、加工されて我々の口にするものとなる。

 便利になった、楽になったというのは、これまで、種を蒔き、水をやり、肥料や飼料を施し、育て上げ、収穫する、という部分を自分の手でなく、口にすること以外のすべてを第三者の手に委ねた結果である。

 食前に感謝の祈りを捧げるのは、キリスト教ばかりでなく、ほとんどの宗教で行われる習慣だが、最近、自分も含めて、この国の人々は「感謝」という気持ちを忘れているような気がする。

                          ※

 なんだか、とってもタメになるようなCMを流しているAC(公共広告機構)だが、はっきりいって、この団体自体の存在って要らなくないだろうか?来年、名前がACジャパンに替わるみたいだけど・・・

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木枯らし1号

 大宮のB級グルメ以来、更新が止まっていたのを復20081101_01_9活するのだから、というわけではな  いが、今日、行田市B級グルメ大会が開催された。といっても「2008彩の国食と農林業ドリームフェスタ」という埼玉県のイベントの中の一部といった具合で、グランプリを決めるような内容ではなく、前宣伝もなかったので、知る人ぞ知る、みたいなイベントで、あまり盛り 上がりはなかった。ただ、「北関東グルメの祭典」というサブタイトルが示すとおり、宇都宮の餃子や大田の焼きそば、佐野のポテトフライ、沼田の焼きまんじゅうなど、かなり郷土色豊かなものであった。(僕自身、埼玉県は「北関東なのか?」という疑問はいつも抱いているのだが・・・)

 宇都宮の餃子、どの辺が「宇都宮」なのか?よくわからないので、お店の人と思しきお兄さんに訊いてみると、「宇都宮は餃子の消費量が日本一で」「市内にたくさん餃子屋さんがあるから」と要領を得ない。以前、宇都宮の餃子祭りの日に出かけて、何軒かの餃子を食べ歩いた20081101_02のだが、共通点と思われるものはなく、それぞれのお店で個性があって・・・、そして、とりたててびっくりするほど美味しい餃子に出会えなかった。なのに今日もお店の前には行列であった。深まる謎・・・・?

 大田の焼きそばも富士宮焼きそばや桐生のポテト入り焼きそばほどの強烈な個性は感じられなかったし、どのへんが「大田」なのか、こうのすコロッケのどのへんが「こうのす」なのか、と同じくらい????????????????????????である。

 結構、意外だったのが、寄居のもつ煮であった。あっさり味のもつ20081101_03煮で、薬味にネギと唐辛子の他に、柚子の千切りにしたのと、切干大根のキムチ風味みたいなものをのせて食するのだが、これはかなり強烈な個性を発揮していた。もつの味よりも味の染みた大根が美味かった。肉は脇役みたいな感じのもつ煮で、酒のつまみというよりも、結構、おや つ代わりに歩きながら箸ではなく、串一本でフウフウ、ズルズルやるのも結構オッシャレ~で、いいかも知れない。

 鴻巣からは、お馴染みのこうのすコロッケを乗せたカレー丼が参加していたが、200円の値段にしては、かなりのお味で、正直「美味しい!」と実感。これはB級ではない。ただし、「どこに行けば食べられる20081101_04のか?」と係の人に訊いている鴻巣市民がいるくらいなのだからB級なのだろう。

 埼玉県北地域でお馴染みのいがまんじゅうは鴻巣市と羽生市から参加。羽生のものは小さめでお上品な感じ、鴻巣のものはさすがに発祥の地らしく、いかにも農家のおやつみたいな感じで大きくて豪快、でも餡子は絶対、鴻巣のもののほうが美味かったなあ。2時過ぎには売り切れていたし・・・。

 会場には、「SakuSakuゼリーフライ」というカワユイ曲が流れていたのだ20081101_05けれど、これを歌っている 潮崎ひろの という女性シンガーのライブもあって、聴衆は少なめだったが、ほんわりと温かい歌声で、なかなかよろしいんじゃないでしょうか? 今度、さくまひできとのジョイントでライブがあるみたいなので、行ってみようかしらん。

 さて、B級グルメ大会の横(本当は、B級のほうがおまけなのだが・・・)では2008彩の国食と農林業ドリームフェスタが、盛大に開かれていたのだが、今日のステージで一番の注目は、稲穂戦隊スイハンジャーなる怪しげな5 人組のヒーローのショーである。おお、さすが、農林業ドリームフェスタだ! 全身黒ずくめの衣装20081101_06に身を包んだカメムシ団の人質となった二人の女性を、数々の必殺技を繰り出して救い出すというショー。「明日の北川辺町の産業祭では負けないぞ!」と捨て台詞を残してカメムシ団が退散していくところをみると、なかなかの売れっ子らしい。

 今日、木枯らし1号が吹いて、いよいよ冬間近・・・
 夕闇迫る帰り道、川里の埼玉県種苗センター前のコスモス畑が見事でした。

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