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私は「感謝」の気持ちを忘れている

 文明、あるいは科学技術の進歩によって、我々の生活はエラク便利で楽になったように思える。その裏側では、目立たないのかもしれないが実態として、あまり変っていないことも多いように思える。

 例えば、我々がコンビニで買ったり、ファミレスで注文したりする食品の多くは、科学技術がいかに発達しても、科学の力で生み出されたものは何も無いわけで、自然の中から農業あるいは畜産、漁業という技術を駆使して、加工されて我々の口にするものとなる。

 便利になった、楽になったというのは、これまで、種を蒔き、水をやり、肥料や飼料を施し、育て上げ、収穫する、という部分を自分の手でなく、口にすること以外のすべてを第三者の手に委ねた結果である。

 食前に感謝の祈りを捧げるのは、キリスト教ばかりでなく、ほとんどの宗教で行われる習慣だが、最近、自分も含めて、この国の人々は「感謝」という気持ちを忘れているような気がする。

                          ※

 なんだか、とってもタメになるようなCMを流しているAC(公共広告機構)だが、はっきりいって、この団体自体の存在って要らなくないだろうか?来年、名前がACジャパンに替わるみたいだけど・・・

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