お煮かけそばで腹十二分目

週明けの月曜日の午前中はイマイチ土日モードから復帰できない。

久しぶりに地元鴻巣市内でランチタイムを迎える。月曜日がお休みのお蕎麦屋さんが多い中、頑張っている安曇野本店にて、本日のメニューは「お煮かけ蕎麦」である。

20090803_01これは、一昔前、かつての勤務先に出入りの某ソフトウエア会社のシステムエンジニアS氏と営業担当のK氏が異口同音に「鴻巣に来て、何が楽しみって、アズミノのオニカケソバですよ~」と申すのに半信半疑(というのは、安曇野はよく出前で職場まで配達してもらっていたけれども、メニューに載っていなかったからである)で、「オニカケソバ~?」

頭の中に浮かんだのは「鬼駆け蕎麦」。大の辛いもの好きの二人の好物なのだ。きっと一口食べたら鬼も駆けて逃げていくほどの激辛の蕎麦なのに違いない。

鴻巣に住んでいて、余所者に、土地 のメニューを語られることくらい惨めなものはない。恐る恐る電話で「あの、オニカケソバって出前してもらえるんですか?」と尋ねたら、「出前はできるんですけど、器が替わっちゃうんですけどいいですか?」

であれば、何としてもお店で食するしかない、ということで、件の二人を誘って出かけてみる。メニューで確認すると、鬼は駆けていなくて、お煮かけであったが、おおっ!? 確かにこれは感激モノである。

20090803_02なにしろ、縦25cm×横30cmは雄に超えようかという四角いセイロに石臼轢き(らしい)の白っぽい蕎麦がこれでもか、というくらいに横たわっている。並み盛りで300グラムから400グラムはあるんじゃないかしらん。これをニラ、白菜、シメジ、エノキ、シイタケ、ネギ、ナス、豚肉を煮込んだかなり辛目の熱々のつけ汁でいただくわけだが、これが、美味いモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!!

今日も座敷にいたお客の半分以上は、このお煮かけそばを食べていたが、テーブルの4人が全員お煮かけそばを注文したところでは、テーブルの上がこの四角いセイロで占領されてしまっている感があった。

これで750円。僕は普通、蕎麦屋では、大盛蕎麦ではなくて、セイロ蕎麦を2枚注文するのだが、この店では、これ1枚で十分である。とは言いながら、半分以上余ってしまうお汁を前にすると、「もう一枚食べたい・・・」欲求が沸いてくるのだが、さすがにこれは食べ過ぎであろう。

皆様も鴻巣にお出かけの際は是非、ご賞味あれ!

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苦手な味~Part2

 引き続いて苦手な味について。

 家族全員が共通して苦手だ、という食べ物があれば、それはそれなりに立派なその家の文化として成立するだろうが、なかなかそういうわけにはいかないものだ。

 ちなみに、私の父親は鶏肉が大の苦手である。理由は、昔、実家で飼っていたニワトリ。 昭和20年代、終戦後の食糧難の時代、貴重なタンパク源であった卵を採るために飼っていたらしいのだが、なにか祝い事があったりして、親戚や近所の人が大勢うちに集まってご馳走、という段になると、決まって鶏小屋からニワトリが一羽ずつ消えていった、すなわち、絞められて、振舞われ、みんなの胃袋に収まっていったのだという。 絞めて、首を落とし、羽をむしりとり、肉をさばいて、という一連の作業は家長である祖父が受け持ったらしいのだが、幼心に衝撃的な惨劇を目の当たりにして父親は爾来、いっさいの鶏肉を拒絶するようになってしまった。 

 私は私で、一時期、豚肉がまったくダメだった。 理由は親父とほとんど同じだ。 私の家では、鶏小屋の裏に豚舎もあって、数は多くはないものの豚も飼っていたのだ。 戦前は敷地内に馬小屋も牛小屋もあったらしいのだが、馬も牛も軍隊に供出ということになって、背中に日の丸の旗をかけられて、トラックに載せられて連れて行かれたきり音沙汰なしのままだったとか。  まあ、今だったら観光ファミリー牧場の営業ができそうだが、残念ながら豚は卵を産まない。 なぜ、飼っていたかと言うと肉を食べるわけではない、肉屋に売って現金収入を得るためなのだ。

 年に何回か、トラックがやってきては我が家の豚を1頭ずつ載せて行く。 豚は「キー、キー」泣き叫び必死に抵抗するものの、両耳をひっぱられ、背中を棒で叩かれ、尻を蹴飛ばされて、次第に荷台へのスロープを登って行く。 私は涙をいっぱいにためて「やだア~、花子を連れて行かないで~!」と懸命に遠くから抗議するのだが・・・ 。 
 果たして、何日か後に、母親に手を引かれて町へ買物に行き、精肉店の前を通りかかると、無残にも顔から尻尾にかけて奇麗に半分に切り分けられた花子(本当に花子かどうかは定かではないが・・・)が店の壁にぶら下がっているではないか。 

 Oh! My God! 花子お~、花子よオ~・・・(>_<)

というわけで、それ以来、約3年ほど豚肉が食べられなくなってしまったのだった。 
豚肉が食べられるようになったのは、生まれて初めてカツ丼を食べさせられたからである。トンカツが豚肉だと知っていたのだが、カツ丼の卵にとじられた肉がトンカツだとは知らされずに、だまされて食べさせられたのだった。あとはもうなし崩し的に・・・

 味が嫌いというより、こういう幼少期のトラウマが原因で、という苦手な食べ物が多いのだろうなあ、と感じる。

 私の4つ違いの弟は、3歳くらいのときにウナギの蒲焼の小骨がノドに引っかかり、大騒ぎをしたので、いまだにウナギがだめだし、親戚で鯉のあらいを作っているのを見物していて、さばかれた半身の鯉が生板の上でパタパタ動いているを見て、ショックを受けて、そのまま家出騒ぎを起こしてしまったので、鯉料理もいっさいダメである。

 私の細君はというと魚は煮魚も焼き魚もダメ! 小さい頃、母親に「カルシウムをとらないと骨が丈夫にならない」と、無理やり、味噌汁の出汁をとった後の煮干を口の中に押し込まれて、泣く泣く咀嚼して飲み込まされた、といううらめしい経験があるのだという。 よって煮干や鰹節で出汁をとった味噌汁は飲まない。 ただし、刺身は大好物で寿司も大好き、生の魚なら大丈夫というワイルドな人間だ。 あとは、年中、妊娠中みたいな感じで、酸っぱいものが大好きで、酢の物やドレッシング、梅干などは平気なのに、マヨネーズだけは口にしない。  

 長男は、やはり母親じこみでマヨネーズはダメ。 子どものころは好きだったのに納豆もダメ。  そしてワサビがダメなので、高校生になっても刺身や寿司もさび抜きでないと食べられない。

 次男は、1歳になるかならないかの内から香辛料大好き、辛いもの大好き、しめ鯖大好き、と将来の大酒のみを予感させたが、現在は、ぬるぬるしたもの、キノコ類や海草類がまったく食べられない。

 マヨネーズに関しては私と次男は大好物で、おかずがなければ、ご飯にマヨネーズでもいいし、納豆、食パン、なんでもマヨネーズでOKなのだが、細君と長男はマヨネーズはまるで邪悪なものとして、口にする私と次男を蔑んだ目で見たりする。 

 いや、こうなると結構、我が家の食事の準備となると大変なことになる。最近は結構メイメイ好き勝手に好みの味付けにするように入れ替わり立ち代わり台所に立つようになったのだが、当然、食卓を囲んで一家団欒という、寺内貫太郎一家のごとき光景は望むべくもない。 たまに外食に行っても、各自注文するのはバラバラで、全員が同じものを食べるなんて稀有なことだ。 なぜ、みんなこんなに食卓の上で自己主張するのかねえ。 ホントに・・・。

 

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苦手な味・・・

 めっきりと冬らしくなってきた。 近くを流れる荒川の大間土手から見る富士山は本当に霊峰富士そのもので「ここって埼玉?」という感じなのだが、以前、電車の中で誰かが「富士山と花火大会が自宅から見えるところに住みたかったんだが、鴻巣は最高だな~」と話していたのを聞いて、「あ、うちの近所に違いない」と思わずニンマリとしてしまったのだが、あとで写真をアップしたいと思う。

 さて、今日、職場でちょっとした話題になったのが、「嫌いな食べ物」だった。たまたま、職場の近くにできた仕出弁当屋さんが「明日、試食用のお弁当をもってくるのでヨロシク」と挨拶にきたのだが、明日のメニューが「鯖の塩焼き」というのを聞いて、二人いる女性陣が難色を示したのだ。

 一人はヒカリ物は一切ダメで、もう一人は「鯖の味噌煮やしめ鯖は食べられるのに塩焼きは苦手」なのだという。で、結局、鳥のから揚げにチェンジするということで決着したのだが(私は明日は、休日出勤の振替でお休みする予定)、暫しの間、苦手な食べ物の話題で盛り上がったのだ。

 自分は子どもの頃は結構好き嫌いがあったのだが、酒を飲むようになってから、極端に嫌いなものが減った。あえて言えば「ナスの漬物(糠漬け)」が食べられない。幼稚園の年長の頃までは、ナスの漬物が大好物で、近所の家に遊びにいくと、「Yちゃんはナスの漬物が好きなんだよね」といって僕一人のために丼一杯のナスの糠漬けを出してくれ、私も期待に背かぬようペロリと平らげたものだものだが、あるとき、隣の家で出されたラーメン丼に山盛りとなったナスの糠漬けを食べているうちに気持ちが悪くなってしまい、顔が青紫色になり、かなりの高熱を出して、3日間幼稚園を休んだのだった。 お医者さんいわく、「一度に過度の塩分(塩化ナトリウムか?)を摂取したため」だという。 そういえば、丼一杯の糠漬けにしょう油をドボドボかけて食べたっけ・・・。
 それ以来、ナスの漬物が食べられなくなってしまったのだ。焼きナスや天ぷらは食べられるのに・・・。

 親父などは、「ナスの漬物さえあれば、他におかずはいらない」というくらいなのだが、私はこれではまったく生きていけない。 なのに、実家の畑では夏から秋にかけて、毎朝毎朝、獲っても獲っても、これでもか、というくらいにナスがポコポコ湧いてくるのだ。 漬物はいうはおろか、天ぷら、焼きナス、おひたし、果ては味噌汁の具にと朝昼晩三食ナスのフルコースでは、さすがにウンザリである。 その中で、大人になって漬物以外は食べられるようになったものの、やはり、ナスの旬を迎えると、考えてしまう。

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正義の味方だ ザンパンマン!

 やってしまった。久々に・・・。 

 別に朝食抜きだったわけではない。ただ、職場についた頃から、無性に腹が減っていた。始業前に、ガサゴソと机の引き出しを開けて、いつ貰ったかもわからなくなってしまった煎餅などボリボリ食べていたのに、いっこうに空腹感はやまない。
 結局、昼休みにコンビニに行って買ったものはといえば、屋台風塩焼きそば(あまり屋台で塩焼きそばを売っているのを見たことがないが・・・)、ミニ麻婆丼(ちょっと、豆腐が少ないぞ)、カレーうどん(これがよく温まっていなかった、カレーはともかく、うどんは冷たいままだった。がっかり・・・)、カップスター焦がし醤油味(最近お気に入りです)の4品。
 割り箸は1膳分でいいのに、店員が割り箸の袋を4つ入れる気配を感じながら、まだおにぎりコーナーの鮭おにぎりを未練がましく見ていて、言いそびれた自分が情けない。

「本当にそれ全部食べるんですか?」
 控え室のテーブルに所狭しと並んだ私のランチを見て、人材派遣会社から来ているNさんが呆れた表情を向ける。
 「腹がすいている時に、買物するとだめですよね~。かといって朝っぱらから弁当のことなんか考えられないし・・・」
カップスターにお湯を注ぎながら、答えになっていない回答を伝える。
20分後、流しで空になった器を洗っていると、
「あらま、本当に食べちゃったんですか~?」
まるで化け物でも見るかのような表情だ。
「ええ、何とか」
 短くなった麺が混ざった焦がし醤油風味のスープが食道を逆流し、ベコ牛ではないが、再び口の中で反芻し(キタネエな~)お愛想笑いを浮かべながら、胃腸薬を飲むために水道の蛇口をひねったのであった。

 「本当に、見ていて気持ちいい食べっぷりネエ・・・」

 20年前になるだろうか。 カツ丼の最後のカツの一切れで、丼の底に這いつくばっている飯粒どもをかき集めて、今まさに口に運ぼうとしていた瞬間に、結婚する前の、まだ苗字の変わっていないカミさんがため息混じりにつぶやいたものだ。 後で聞いた話では、この喰いっぷりも私との結婚を決めた結構重要な要因だったんだそうな。
「だって、いくら料理失敗しても、『美味しい、美味しい』って全部食べてくれそうだったから・・・」

 彼女の目の前には、一回り大きめな丼が置いてある。もちろん、彼女が食べたものではなく、とりあえず、大盛を食べ終わった私の丼と、食べ残した彼女のカツ丼と置き場所をトレードしたものだ。食道とかレストランで、自分の前だけ、何も置いてないと、落ち着かないものだ。

 私は、かつて、自他共に認めるかなりの大食いであった。 なにしろ、ピーク時には今よりも14キロも重かった。 いわゆる痩せの大食い、という類ではない。食べたら必然的に太る、のである。 私の体重は、結構、短いスパンで乱高下を繰り返している。 ベストだと思っている体重は72キロ。今はそれより4キロ軽い。 体重が体調のバロメータといってもいいだろう。

 かといって、TVチャンピオンのように、ひたすら同じものを食べまくる、というのは苦手である。できれば、小さめの皿がたくさん目の前に並んでいて欲しい。 そして端っこの皿から、順番に一皿ずつ平らげていくのが私の食べ方で、決して、神楽坂飯店の一升炒飯や皮の厚さ3センチ、全長35センチのジャンボ餃子ような巨大な食べ物にむしゃぶりついていく、というのは私のスタイルではない。 

 それに比べて、カミさんとくれば、よせばいいのに、あれもこれも、と注文して、あっちの皿をチョビ、こっちの皿をチョビ、そしてすべての皿をほぼ均等に満遍なく残す、という特技を持っている。 そして、仕上げを担当するのは正義の味方、愛と真実の人、ザンパンマンの登場である。(なるほど、このための結婚だったのか・・・今更気づいても遅いワイ)

 歳のせいか、子ども達も大きくなってあまり食べ物を残すことがなくなった、ということもあってか、自分の大食いも、なりを潜めていた感があったのだが、最近、胃腸の調子がすこぶるよい。時折、発作的に「無性にアレもコレモも食べたい」という衝動に駆られてしまう。 冬眠に備えて食いだめをするヒグマのごとき状態といってもいいだろうか。ヒグマなら、冬眠から目覚めたときには見事に減量に成功していようが、冬眠のない自分を待っているものは?・・・考えてみただけでも恐ろしいことだ。 

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ミディアムレアな鮭はらこご飯

 まず写真をご覧いただきたい。PA080037
 天候の影響で着陸が遅れ、次のフライト予定時刻までの時間がなく、ゆっくりランチを取る暇がなくなってしまったので、やむを得ず、○ン・イレ○ンの期間限定のお弁当「鮭はらこ飯」(380円)を購入したのであるが、いつもの癖で、「お弁当温めますか?」というバイトの店員の問いかけに「ええ、お願いします。」と、ついうっかり応えてしまった。
 ルビーのような怪しげな誘惑の輝き、口の中でプチッ、プチッとはじける瞬間にとろけだす甘~いイクラさまの食感をイメージしながら、せっかく、売り場に残った最後の一つを手にしたのに、Oh!My God!である。
 イクラさまのルビーの輝きは、納豆のような鈍い黄土色に変色し、プチとろの食感は妙に硬くて、ちょうど、炭火で串に刺され、塩焼きされた魚を頭からのガブっとやったときに、口の中に残る目玉を噛んだような感じ、といえばいいだろうか。
 もっと腹立たしいのは、その場ではまったく気づかずに、自分のデスクに戻って、蓋を開けた途端に、香ばしい香りとともに、湯気がほんわりと上ってきて初めて事の重大さに気づいたことであろう。
 「まったく何て店員だ!ちょっと可愛いからっていい気になって・・・」などとかなり、やけくそ気味にカッカしてはみたものの、自分でOKを出してしまっているのだから後の祭りである。
 くそっ、すっかりイクラのプチとろモードになってしまっている僕のハートをどうしてくれるのだ!

 と、怒りながら、よくよく、あらためて見てみると、パッケージには「レンジ加熱目安 500W 1分00秒  600W 0分20秒」と書いてあるではないか。

 なんのことはない、陳列された「鮭はらこご飯」のイメージを自分の前頭葉で勝手に「鮭いくら弁当」と思い込んでいたのだ。確かに「はらこ飯」は昔、新潟の瀬波温泉に行ったときに食べたことがあるが、あつあつご飯にのせたイクラがレアの状態からミディアム状態に変わる寸前に口の中にかきこむと、えもいわれぬ美味しさだったのだ。だから、はらこ飯は温めて大正解なのだった。

 しかし、しかしである。 絶対にあれは加熱しすぎているゾ! 絶対に・・・

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