36年振りの涙

 何てことをNHKはやってくれたのだろう。

 眠気眼にボーっとした頭でも新聞のテレビ欄を見ていて良かった。もし、見逃して、後からこのことを知ったら、死んでも死に切れない。

 1975年3月にNHKホールで行われた、カール・ベーム指揮ウィーンフィルハーモニックの来日公演の再放送があった。

 もちろん、当時のこととて、映像も音質もかなり懐かしいアナログで、まさに記録としての映像になってしまったけれども、それだけで朝から午後2時が待ち遠しい、ワクワク興奮状態であった。誰彼かまわず。電話やメールをしたくなったりするのは久しぶりだ。

 36年前の3月といえば、高校1年生の春休み直前であった。当時、実況生放送だったかは定かではないのだけれども、僕は確か、最初はFMで聴いたのだ。最初に、まだ国歌ではなかった「君が代」の演奏があって、その瞬間のNHKホールのどよめきの後の静寂がすごく印象に残っている。

 何よりも、今日のオンエアでもやった、ブラームスの交響曲の第一番は、その後、歴史的名演と讃えられるだけあって、実に感動的というか、エキサイティングで、当時も今思い出しても至福のひとときだった。

 比較的、ゆったりとしたテンポで、第一楽章の冒頭の、ティンパニーの連打から、異様に漲る緊張感が伝わってくる。その瞬間から、今日はとてつもない時間を過ごすことになるかも知れないと確信しえた。鬼気迫るベームのタクトに、喰らいついてくるウィーンフィルの、一騎打ちみたいな演奏である。最終楽章あたりで、さすがにベームも年齢を感じさせるというか、息絶え絶えみたいな感じも見せるのだが、逆にウィーンフィルの面々が勝利の凱歌を奏でるようにコーダを迎えると、胸の高鳴りを外に爆発させたい聴衆が一気にブラボー三唱みたいな演奏である。クラシックの演奏会でこんなに高揚した気分になれたのは最初の経験だったと思う。

 翌日の、学校ではその話題で盛り上がったものだ。それまで、帝王カラヤンの信望者の多かった、我がクラスで、いきなりベームファンが増えたのである。

 2年になってからの、音楽の時間だったと思う。この時の演奏をNHKで放送したビデオを、T先生が流してくれた。当時は芸術科目は週一回2時限続けてであり、T先生は、最初の1時限は歌を歌わせ、次の2時限目は、芸術鑑賞と称して、レコード鑑賞だったり、先生が録画した演奏を聴かせるだけのものだった。

 僕はカール・ベームが演奏前に舞台の袖から出てきて、観衆の拍手ににこやかな笑顔で応えている表情が、クルリとオーケストラのほうに向き直ったときに、別人のような厳しいものになることを知った。演奏が始まると、FMの時と同じように、グイグイ引きこまれていくのを感じた。

 演奏終了後、僕は音楽を聴いて、初めて涙を流した。それも教室で・・・。ビデオの映るブラウン管の中でも、同じように涙を流している人がたくさんいた。

 その時と同じ類の涙かどうかは不明だが、36年振りに流した涙。ビデオの中で、「もし、人生をやり直せて、もう一度結婚するとしたら、また彼女を選びます」と嬉しそうに話したベームの頬に優しくキスをする細君のテア。今考えても、カッコイイ台詞だったな。

 36年前のいろいろなことを思い出し、あの頃にワープしたわけでもないのに、涙が出た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

栄光への脱出

 久しぶりにアリスの話題をきいた。「綾小路きみまろのライブアルバムが発売以来6年をかけて売り上げ100万枚を突破した。」というニュースの中で、これまでの記録はアリスの「栄光への脱出」が82万6千枚であり、音楽関係のライブアルバムでは依然、第一位であるとのこと。でも、井上陽水のライブがわずか3千枚の差で第3位であり、BO¢WY、エリック・クラプトンと続いているが、その差は20万枚近く離れているので、当分、「栄光への脱出」の音楽ライブアルバムの売り上げでは、トップのままなのだろうか。

 というより、最近、ライブアルバムって発売されてるのかなあ? どちらかというと、映像付きのDVDのほうが主流なのではないかな、昔と違って、テレビ放映を拒否するアーティストも少ないみたいで、BSやCSでも毎週のようにいろんなアーティストのライブが見られるわけだもの。

 「栄光への脱出」のアルバム(LP)は、なぜか僕は持っていない。アリスのレコードは、ファーストアルバムはおろか、アリスデビュー前の谷村新司が所属していたアマチュアバンドのザ・ロックキャンディーズ時代からEPシングルも含めて、すべて揃えていた自分だが、どうも、この頃のアリスは何やら宗教じみてきた感じがして、特にライブではそうだった。「兄貴が買わないなら・・・」と当時、ようやくベイシティ・ローラーズから宗旨替えをした弟が買ってきたので、自宅には今でもあるのだが、実はまともに聴いたことがない。これがライブアルバムの最高売り上げを持っていたのを、初めて知った次第。

Eiko02_2 Eiko03  アルバムタイトルは、映画「栄光への脱出」からとったもので、オープニングテーマとしては確か、僕が中学の時(1973年)の12月に行った神田共立講堂でのアリスクリスマスリサイタルでのオープニングに使われたのが最初だったと思う。あまりの格好良さに、映画の方も名画座に観に行って、すっかりはまったものだ。ポール・ニューマンはかっこよかったなあ。

 いっぺんしっかりと通して、聴いてみたい気もするのだが、レコードプレイヤーがいかれちまって、針を落とすことができない。CDが出てはいるのだが、どうもLPで音楽に親しんだ世代としては、音はともかく、歌詞カードの文字が小さすぎて読むのに苦労したりで・・・、と思っては見たが、なんだ、歌詞はLP版のを見ればいいのか・・・。「栄光への脱出」ならぬ「とまどいからの脱出」になるかも。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

至福の一日~前橋汀子ヴァイオリンリサイタル

 鴻巣市文化センタークレアこうのすで前橋汀子さんのヴァイオリンリサイタルがあった。実は4月23日にもお隣の北本市文化センターで同じ前橋汀子さんのコンサートがあって、そちらのほうがチケットが安い、というよりも以前、このブログで書いた「身近にいい音楽を聴く会」の会員なので自動的にチケットを送っていただいているので、今日は最初は行く予定ではなかった。 昨日、知り合いの文化センターの関係者のかたから直接お話をいただいたので、当日券を求め、予行演習のつもりで行くことになった次第。もっとも、前橋汀子とフランクのソナタの組み合わせとあっては、基本的にはもう行くしかない!かな・・・

 会場に入って「?・・・」

 開演時間を間違えた?かのような人の入りである。いくらなんでもこれは、我らが前橋汀子様をステージにお迎えするには少なすぎるのではないか?(ちょっと不謹慎だが、演奏途中にざっと数えた・・・この数えられるところが凄いよねえ・・・216人) やっぱり、23日の北本のほうが1000円安いものなあ。同じプログラムならそちらに行くのかな。会場はクレアとは比較にならないほどお粗末だけど。そう考えると北本で3,000円というのが高すぎる?

 演奏はクライスラーの「愛の喜び」で始まった。薄紫のドレスに身を包んだ前橋さん。その立ち居振る舞いはいつもの変わらないのだが、このクライスラーはどこか急いでいるというのか、加藤洋之さんの伴奏とも微妙なズレを、チグハグさを感じさせる。あるいは、あまりの客の入りの少なさにやる気をなくして、早く家に帰りたいモードになってしまったのか?

 ところがである。ヴィターリのシャコンヌに入ると俄然、いつもの雰囲気が漂ってきた。揺れるテンポ、熱い情感のたぎる火山島が大小の波間に浮き沈みする。いよいよ本領発揮である。
 フランクに入ると、まさに真骨頂の極みである。もともとヴァイオリンソナタというよりもヴァイオリンとピアノとの真剣勝負みたいな曲だけに、ピアニストとの呼吸も重要なのだが、ヴァイオリンが登場する前のピアノ前奏から、今日の演奏が素晴らしいものになるだろことが予感された。それくらい前橋さんと加藤さんの呼吸がぴったり合って、というのではなく、お互いがよく聴き合って、お互いの演奏を尊重し合う姿勢が随所に見られた。テンポが揺れるのはいつものとおり。春の小川の清流ではなく、透明なゼリーの上をやや温度の下がり、所々に赤い炎が見える溶岩が絡まり合ってうねりながら流れていくような、ネットリとした、しかしながら激しい情熱というかひたむきさを感じさせる演奏である。
 前橋さんほどの大ベテランが、ひたむきに、この曲に立ち向かったら、それが聴いている我々に伝わってこない筈はないではないか。 右足を半歩、ある時は一歩と踏み出して左足を軸足に上体を大きくくねらせながら、ボウイングの度に上下する弓の動きにこちらまで体を揺らしながら、心を翻弄されつつグイグイ惹きこまれていく。
 第二楽章のアレグロの後、思わず会場から拍手がわき起こった、というより、以前からここクレアのお客さんは一曲一曲拍手が出る傾向があるので困惑することが多いのだが、正直、今回は自分も思わずつられて両手を左右に開いてしまってから、「はっ」となって自重したものだ。
 4楽章のカノン風のロンドに入っても、高音の伸びが気持ちがよく響く、琴線に触れる、とはこういうことをいうのだろうか? フレーズ毎、ヴァイオリンとピアノのソロ、合奏部分毎に頻繁に変わるテンポ。しかし、そのギアチェンジの見事さ。圧倒的なミューズ神の権化の演奏である。この演奏だけでも4,000円の価値はあろうというものである。

 数は少ないながらも、大きな拍手。「ブラボー」の声も聞こえた。スタンディングオベーションが起きても不思議でないくらい。現にたくさんのお客様が頭の上の方で拍手をされていたのだから、これは演奏者にとってもシアワセな一瞬ではなかったか?

 水色のドレスに衣装を替えた後半は、普段ならアンコールとして演奏されるような曲がズラリと並んだ小品が9曲。所謂、地方公演用のクラシック入門みたいなプログラム。しかしながら、こういう小品でも前橋流というか、艶やかでネットリとしたポルタメントあり、アレンジありでオリジナルとはかなり趣が違うような印象で面白かった。何よりも僕みたいに前橋汀子フリークの輩には、もう堪りません。一曲一曲、段々と自分の中のボルテージが上がっていって、3年前に聴いたときよりも、かなり興奮してしまった至福のひととき。ドヴォルザークのスラブ舞曲、ブラームスのハンガリアンダンス2曲と続いてきたときには、完全に恍惚の境地状態であった。

 前橋さんもだいぶ機嫌がよかったようで、アンコールを4曲も披露してくれた。やっぱり、見た目にお客さんが少なくても、あれだけ大きな拍手とブラボーがかかると、嬉しいものだろうな。
 ①亜麻色の髪の乙女(ドビュッシー)
 ②メロディー(チャイコフスキー)
 ③スペイン舞曲(ファリャ)
 ④美しきロスマリン(クライスラー)

 15時に始まったコンサートは終演が17時20分近かった。休憩時間が20分だったから正味2時間演奏していたようで、さすがに最後の方は疲れちゃったかなあ・・・というか緊張感がなくなったみたいだが、こんなに素晴らしい演奏が4,000円で楽しめるなんて、やっぱり良かったなあ。大満20080412_01足の一日であった。

  クレアこうのすの音響もいろいろな場所で聴く度に違ってきこえるのだけれども、今日のはベストポジションだったかな。ヴァイオリンの低音から高音まで、とても瑞々しかったし、ピアノの音とのバランスもよかった。23日の北本にも出かける予定なので、いろいろな意味で比較するのが楽しみである。

★気になったこと・・・
①お客さんの少なさは、23日に北本で同様のコンサートがあり、そちらのほうが1,000円安いことを考えても、どうなのだろうか? やはりPR不足?
②花束の贈呈がなかったのだけど・・・なんかいきなりアンコールが始まってしまってビックリしました。
③4,000円も取るような演奏会なのだから、もう少しプログラムの装丁を何とかならないだろうか・・・
④クレアこうのすでのクラシックコンサートはあまり回数は多くないのだが、(ホール自体は響きもよく、客席の床にも木を使うなど、どちらかといえばクラシック、アコースティックな演奏会に向いていそう。) 演奏途中で拍手が入ることが多くて、とても気になる。 クラシック鑑賞教室みたいな企画を開いてみてはどうだろうか? 今日も会場内でペットボトルで水を飲んでいる人がいたし・・・。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花久の里のバロックコンサート

 鴻巣市花と音楽の館かわさと「花久の里(かきゅうのさと)」で行われた第6回フラワーコンサート(主催:フラワーコンサート実行委員会)に出かけた。リコーダーの花岡和生とチェンバロの岡田龍之介という、この2つの楽器の日本における第一人者のお二人によるバロックコンサートである。これを聴き逃す手はないというものだ。もしかしたら、鴻巣市でバロック音楽のコンサートが開催されるのは初めて(?)かも知れない。

 この施設は、元自治庁長官の青木正、元環境庁長官の青木正久と親子2代に渡って衆議院議員、国務大臣を務めた青木家の屋敷を、遺族から合併する前の旧川里町が譲り受けたものを、鴻巣市になってから改修したもの。正久氏が、日本バラ会の副会長を務めたり、バラに関する著書も著すなど無類のバラ好きであったことと、音楽愛好家の国会議員の集まりであった音楽議員連盟の会長を務めていた関係で、「花と音楽の館」として昨年整備された、という。庭園の花を愛でながら、サロンコンサートが楽しめるホールや、手打うどんの食堂や、茶室などもあり、和洋折衷の憩いの場といったところか。20080329

 僕も、仕事で以前、ここを訪れたとき、ホールの残響の良さと、雰囲気に、バロックや室内楽にピッタリではないか、と感じていたので、このプログラムをみて、是が非でも聴かなければ、ということになった。残念ながら、新しくて、とてもいいホールなのに、中古を譲り受けたというグランドピアノの状態は劣悪で、とても音を楽しむようなものではない。今回は、ピアノではなく、チェンバロだったのも、興味をそそられた理由の一つ。

 プログラムは、2部構成で、最初に実行委員会の野本恵司会長のあいさつがあった。「あんまりお喋りが長いとアンケートに書かれてしまうので短めにします」と言った割には、結構長かったなあ。この人、本業は「つけしん」という市内の老舗の漬物屋さんであるが、最近はなぜか、伝統の奈良漬よりも、「こうのすコロッケ」という漬物屋らしくない商品のほうが有名になっていて、いろんなイベント会場に行くと、大抵、白い調理服をまとってコロッケを揚げているのに出くわす。以前は、地元鴻巣のコミュニティFM放送局である「FMこうのすフラワーラジオ」で「行け行けクラシック」なる番組のパーソナリティをやるなど、音楽愛好家としても知られていて、現在は市議会議員としても活動しているなど、どれが本業なのかわからないほど、いろんな肩書きをお持ちである。何しろ、この「つけしん」という漬物屋、店内にはいつもクラシック音楽が流れている。以前、買物に行ったときも、バッハのクリスマスオラトリオなんかBGMにして奈良漬をポリポリ試食をしたことがあった。

1. ヘンデル/リコーダーソナタ ハ長調 HWV365
2. マルチェッロ/リコーダーソナタ ニ短調 作品2-11
3. ヘンデル/リコーダーソナタ ト短調 HWV360
4. ヴィバルディ/「四季」より「冬」第2楽章
(休憩)
5. クヴァンツ/無伴奏リコーダー曲集より3つの小品
6. ディフリ/クラブサン曲集より
7. オトテール/プレリュード ニ長調 作品7
8. オトテール/組曲 ニ長調 作品2-3
(アンコール)
9. J.S.バッハ/G線上のアリア
10. J.S.バッハ/シチリアーノ

20080329_01 潤いのあるリコーダーの響きと、乾いたチェンバロの伴奏にのって典雅な旋律を奏で始めると、そこが、周囲にのどかな田園風景の広がる(ばかりか、ステージ後ろの大きなガラスの向こうには、青いバラック屋根まで見えている)手打うどん屋(失礼!)であることを一瞬のうちに忘れさせてしまう。 カーテンをひていないのは、おそらく響きの関係だろうが、外の庭園を見学している人たちが、物珍しそうに演奏中のお二方を後ろから覗き込んでいくのが面白い。
 お客は決して多い、とはいえない、多分、60人くらい(?)だが、もちろん、こんなところまでバロック音楽を聴きに来るくらいだから、皆、熱心に温かく聴き入っている。想像以上に、ここのホールの響きは、チェンバロに合っている。リコーダーに関しては、少々、フラット、というか、割れ、かすれ音が耳につく、というか残る感じで、尺八の響きに近いような感じに聴こえてしまった。音楽専用のホールの設計ではないので仕方ないのかもしれないが、聴く場所によって、かなり受ける印象が変わるようだ。

 休憩時間に、近寄ってみると、チェンバロは東松山市の堀洋琴工房の故堀栄蔵氏の手になるもので「HORI」のロゴがあった。 リコーダーについても、もちろん、花岡さんが今日使っていたのは違うが、お隣の北本市にはトヤマ楽器というリコーダーの国内のトップメーカーがある。所沢市にはフルートの生産で世界的に有名なムラマツというメーカーがあることで知られているが、こうしてみると埼玉県というのは、ヤマハや河合楽器のある浜松には足元にも及ばないかもしれないが、楽器の製造ではかなり重要なウエイトを占めているのではないだろうか?

 とにかく、初めて聴く曲が多くて、演奏に関してコメントのしようもないのだが、久しぶりにチェンバロの音を、ましてこんなに近くで聴いたのだから、楽しくなかったはずはない。変なハコモノとかまったく使われない道路ばかりを残して、後は知らん振りの政治家が多い中で、青木先生は、とても良い物を地元に残してくださったものである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「なごみーず」ですっかりなごみ~な一夜

 平均年齢は50代半ばといったところか。今夜の東松山市民文化センターの「アコースティック・ナイト in HIGASHIMATUYAMA」の客席は満員御礼状態、1200名の中年男女でいっぱいであった。 自分も発売開始から、ずいぶん後になってチケットを購入したのだが、寂しいながら一人だったからなんとか前から22列の中央付近の席を確保できたようなもので、二人分の空席はかなり後方にしか、それもわずかしかなかった。

 それにしても、この会場もずいぶんと久しぶりだ。結婚する前のカミさんと櫻井将喜指揮東京交響楽団のコンサート、確か、ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲とドボルザークの「新世界から」を聴きに来た(あと、一曲あったような気がするが忘れた・・・)以来だから21年ぶりくらいになる。 まだ東松山市に移管されていない頃、埼玉県東松山会館のときである。 これくらい年齢層が偏っているコンサートというのも初めてかな。きっと「懐かしのメロディー」の公開録画なんてこんなんだろうな。

20071013_02  「なごみーず」とはボーカル(元ガロの大野真澄)、太田裕美、正やん(元かぐや姫、風の伊勢正三)の三人のユニット名で太田裕美の命名らしい。彼らが一世を風靡していた30年前には、およそ思いもつかなかったであろう、この3人組がもう3年も全国をツアーしているという。なぜ、この3人が一緒なのか?(全然、音楽の方向性とか違うだろうに・・・)を確かめたくて、というか気になって、いそいそと出かけてみました。

 というのは、半分冗談。ボーカルの在籍したガロ。なにを隠そう、僕が中学1年のときに初めて自分の小遣いで買ったLPレコードが彼らのデビューアルバム「GARO」だった。まだ、「学生街の喫茶店」の前で、当時、一緒に住んでいた叔父の持っていたニール・ヤングやCSN&Yのアルバムを聴いていた僕には、CSN&Yのコピーをレパートリーとしていたガロは、すんなりと入り込めるグループだったのだ。シングルデビュー曲の「たんぽぽ」は今聴いても、当時のドキドキを蘇らせてくれる。ハーモニーの美しさ、コード進行の複雑さ、そして、ギターのフレットを移動するときの「キュキュッ」という指の音がリアルに録音されていて、何もかもが新鮮だった。
 2年ほど前になるだろうか。ガロ解散後、ソロとなったボーカルさんのバックバンドをやっていたのが、ガロと同じくCSN&Yのコピーバンドであったアルフィーであったが、坂崎幸之助のラジオ番組にボーカルが出演したときに、僕が出したメールが紹介されたことがある。内容は前述のようにガロのデビュー当時の思い出だった。「こういうお便りをいただくと嬉しいですね~。ありがとう」とボーカルさんが言ってくれたのである。まあ、今夜はそのお礼がわりかな。

 太田裕美は、どちらかというと、僕はファンではなかったのだが、ひとつ思い出がある。僕の高校時代の同級生だったM(故人。以前このブログにも記したが、高校時代の僕をジャズと煙草に引き込んだ御仁)が埼玉の「陸の孤島」春日部市の武里団地に住んでいたのだが、「近所に太田裕美の実家の寿司屋があるから食べに行かないか?」ということで、学校帰りに学生服姿の野郎ばかり5人仲間で、寿司を食べに行ったことがある。もちろん、実家、というだけで、彼女が住んでいた訳ではないのだが・・・。この仲間たちとは、この前にも、当時の浦和市にあった五十嵐じゅん(当時の芸名、後、映画「阿寒に果つ」の主役の際に五十嵐淳子と改名。現、中村雅俊夫人)の実家の書店に出かけたことがあった。

 正やんは、といえば、高校時代にクラスメイトと休み時間の度に教室でギターを弾きながらハモっていた曲と言えば、「22歳の別れ」や「ささやかなこの人生」であったりということであった。もう「かぐや姫」解散後で、元猫の大久保一久と「風」を組んでいた頃である。神田川は確かに名曲だが、僕は生理的に南こうせつを受け付けない。コミックバンドであった初代かぐや姫の頃の南高節だと許せてしまうのだが・・・。なぜかわからないのだが、しょうがない。なんといっても、正やんと言えばその卓越したギターテクニックと、曲作りの才能だ。

【Set List】
※とりあえず、思い出した範囲です。もしかしたら、漏れや間違いがあるかも知れません。

なごみーず
1.地球はメリーゴーランド(ボーカル)
2.海岸通り(正やん)
3.さらばシベリア鉄道(太田裕美)

大野真澄
4.あなただけを(ガロ解散後、あおい輝彦に提供した曲)
5.ビートルズはもう聴かない(ガロ時代の渋い曲ですね)
6.明治製菓チェルシーのCMソング(そういえば、歌ってましたね~)
7.ワンパイントのラム酒に乾杯(これって、しみじみいい曲ですね~。)

太田裕美
8.雨だれ(デビュー曲です。確か、彼女は、当初はナベプロからキャンディーズとしてデビューする筈だったんですよね~。もし、予定通りだったら、「ラン、ヒロ、ミキ」だったんですねえ・・・)
9.赤いハイヒール
10.星屑
11.君と歩いた青春(作詞・作曲者である正やんとコラボです)

伊勢正三
12.雨の物語
13.あいつ
14.?(忘れました・・・・確か、「あ」で始まった曲名だったような・・・)

なごみーず
15.九月の雨(オリジナルよりもこのアレンジの方がいいですね・・・)
16.空に星があるように(荒木一郎の歌ですね)
17.なごり雪(かなり歌い方が変わっていました)
18.22歳の別れ
19.木綿のハンカチーフ

アンコール
20.学生街の喫茶店
21.ささやかなこの人生
22.ママはフォークシンガーだった

全ステージを通じて、センチメンタルシティ・ロマンスの細井豊がキーボードで出ずっぱりだった。この人の表情を見ていると、安心しちゃうんだよね~。なぜか・・・

20071013_01 感想:
1.三人ともNCがイマイチ弾まないのに、時間が長く、正直だらけた。みんなボケばかりで、つっこみがいないんだよね。
2.休憩時間なしで、疲れた。
3.正やんのギターテクはいつ聴いても最高だ! だが、声が出なくなったなあ・・・
4.ボーカルはやはりボーカルだなあ。この声・・・うらやましい。何歳だっけ?
5.永遠のカマトトぶりっこの太田裕美、相変わらず、甘ったるい声をだしてくれるが、むしろ若いときよりも歌は数段上手くなっているみたいだ。
6.何と言っても、満員の客席の落ち着きっぷりは、やっぱりみんな年取ったねえ・・・

まあ、ステージの上も客席も、同じ時代を生きてきた、という連帯感があるから、いい雰囲気だったですね。同窓会の余興の歌なんて上手・下手を言っちゃいけないけれども、今夜の同窓会は大したレベルのものでしたよ。僕はなんか嬉しさで一杯だったけど、隣のおじさんは太田裕美が出てくる度にオペラグラスで見ちゃ、涙ぐんでいたし・・・。かぐや姫は昨年、つま恋で復活したが、メンバーだったトミー(日高富明)亡き今、ガロの完全復活はありえなくなってしまったし、マーク(堀内護)はその後、どこへ雲隠れしてしまったのか? できれば、ボーカルと出会う前にこの二人がグループを組んでいた、ミルクの松崎しげると新生ガロを結成してみるというのも面白いかも?

 家に帰る途中、当然、ギターが弾きたくなるだろうから、ということで、ウイスキーを買った。ギターにはウイスキーである。今晩は多分眠れそうにない?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

モノトーンのピアノコンサート

 北本市文化センターで開かれた小川典子ピアノリサイタルを聴いた。身近に良い音楽をきく会の2007年第1回のコンサートである。
 プログラムは
       ドビュッシー/12の練習曲
            Intermission
       ショパン/3つのマズルカ 作品59-1,2,3
       ベートーヴェン/ピアノソナタ第23番へ短調「熱情」

 仕事の関係で、会場に入ったのが19時をまわっていたので、ドビュッシーは第8曲目くらいからであった。聴衆の入りは300人弱といったところか? いつもより若干少なめであろうか?
僕は小川典子の演奏は初めて(演奏会に限らず、CDやFMでもおそらく…)だろうと思う。恐ろしく指が長いように感じた。まして、練習曲の名の通りかなりのテクニックを要する曲ばかりなので、よほど技術的にも自信がないと、1曲目にもってくることはできないにではないだろうか? 
 本来は練習のために作曲されたものだから、聴衆のことを意識しているものではない。これをどう聴かせるか?がピアニストの腕の見せ所である。はたして、そういう意味では、ピアノを弾いた経験のない聴衆の多くは、奇妙な緊張感をもった退屈さ、を感じたのではないだろうか? これを1曲目にもってきたのはいかがなものか? いくら、テクニックをひけらかされても・・・で、もって感想はなしです。
 生涯58曲ものマズルカを作ったショパンである。ショパンを語るにはマズルカを聴け!とはよく言われたことだが、それくらいショパンにとって、祖国ポーランドの民族色を色濃く残す舞曲イコール故郷の思い出に直結したものなのでしょう。小川典子のショパンはそういったローカル色や民族色とは一線を画した、というか、まるでショパンがポーランド人であるということを意に介さないで、ストレートにピアノに向かった、というような感じで、思いのほかテンポをゆっくりとってはいたものの爽快な演奏でした。
 特に3曲目の嬰ヘ短調は、短調なのに快活さを併せ持つこの曲の特徴を十分に引き出していたように思います。

 ベートーヴェンの「熱情」ソナタは冒頭から和音の響きがよくなかった。明らかにミスタッチである。100メートル競走でスタートでつまづいたような感じで、ドキリとした。それを引き摺ってしまったためかテンポは一本調子であったが、ピアノとフォルテの明確な使い分けがとても印象に残った。その割りにメロディーが左手から右手に移るときに少し断線してしまうような気がした。逆の場合は気にならなかったのだが・・・。この演奏も聴き慣れた高揚感であったり、パッショネートよりも、そういうことに臆することなく怖いものなく若々しく一気呵成にコーダに向かって突き進んでくタイプのものであった。
 まるで陸上競技のハードル競技のトラックのハードルを、何の苦にもせずに、2つ3つ一遍に跨いでいってしまう様な感じである。なんというテクニックと指の長さであろうか?  それ故に、というか、もう少し音楽に陰影と言うか深みが欲しかった。

 アンコールは、リストのラ・カンパネラとドビュッシーの亜麻色の髪の乙女、考えてみると黒いピアノに見事なまでの黒髪、黒いドレス、真っ白な肌、指の色・・・というモノトーンのステージであった。曲目も時代を遡っていくように配置されたり、念入りに計画された都会的な大人の女性のための演奏会であったかもしれない。主催者側から贈られた花束の鮮やかな色が最後に妙に印象に残った。

 それにしても、演奏中にペットボトル飲料を飲んでいる人がいたり、携帯の着ボイスをノーマルモードで平気でならしている人、財布だか携帯ストラップについている鈴が、腕を動かすたびにチャラチャラなっている人がいたり、コンサート会場の客席も随分マナーの悪い御仁が増えてきているような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吉本系&宝塚流クラシックコンサート~やっぱり高嶋ちさ子はカッコいい!

 鴻巣市文化センター クレアこうのす で行われた「高嶋ちさ子 ミート・ザ・クラシック」を聴いた。昨年11月18日に行われる予定だったものが、高嶋さんの産休(2月6日に男子を出産)のため、延期になっていたもの。特にステージではその件についてのコメントはなかったが、なかなか楽しいステージだった。なにしろ、しゃべくりが吉本興業みたいなノリで、昔のフォークコンサートみたいな感じである。

 出演:高嶋ちさ子(ヴァイオリン)、古川展生(チェロ)、藤満 健(ピアノ)

 プログラム 第一部
          G線上のアリア(J.S.バッハ)
          愛の挨拶(エルガー)
          アヴェ・マリア(カッチーニ)
          アヴェ・マリア(サン=サーンス)
          ~高嶋ちさ子のヴァイオリン講座~
          パッサカリア(ヘンデル)
          ラプソディー・イン・ブルー(ガーシュイン)

        第二部
          白鳥(サン=サーンス)
          ハンガリー狂詩曲(ボッパー)
          ピアノ協奏曲第21番第二楽章(モーツアルト)
          歌劇「トゥーランドット」より”誰も寝てはならぬ”(プッチーニ)
          ~あなたもチェロが弾けるかも~ 
          ブエノスアイレスの冬(ピアソラ)
          タイスの瞑想曲(マスネ)
          チャールダッシュ(モンティ)

        アンコール
          エズ(高嶋ちさ子)

 ピアニストが当初の安宅 薫から藤満 健に変更になったせいか、プログラムでは第一部の最後がメンデルスゾーンのピアノトリオの第一番になっていたのだが、ヘンデルのパッサカリアとガーシュインに替わっていた。

クラシックの演奏会というと、東京公演と地方公演では、明らかに後者のほうが、「楽しさ」「聴きやすさ」みたいなものを前面に出してくるものが多い。まして、”Meet the Classic”がテーマとなると、いきおい本日のような最初から最後までアンコール曲の定番のオンパレードみたいになるものだ。ただし、これが本日のようにピアノトリオみたいな感じで、ましてピアニストが作曲家ともなると、お馴染みの曲でも、一風変わったアレンジで聴かせてくれるので、これはかなり面白かった。

 「すねお」と改名したいというストラディヴァリウスの名器ルーシーを駆る高嶋の演奏は、相変わらず、かなり早めの小気味よいテンポである。「(鴻巣は)東京から一時間半と近い。でも、インターから遠くて、いったいどこに連れて行かれるか?思った(笑)。 車が混む前に早く切り上げて帰ろう、と思う(爆笑)」と最初からに聴衆を煙に巻き、東京に残してきた愛息に早く会いたいためか、とにかく、どの曲も速かった。最初は、もうちょっと、このフレーズをたっぷりと聴かせてくれ、とやや消化不良気味であったが、まあ、ステージの半分くらいはシャベクリなのだし、結構、高嶋のオシャベリを聞きたい、という期待も半分(以上?)はあるわけなので、あまり気にはならなくなった。

 初めから終わりまで、いっさいのけれん味もなく、颯爽としていて、まるで宝塚の男役のワンマンショーみたいな感じで、カッコよかった。 アンコールもさっと、一曲、オリジナルのエズを弾ききり、舞台の袖に引っ込むと、すぐに客席の照明がついて、なんとも呆気ない終演。 時刻は午後4時ぴったり。 演奏同様、高嶋の性格そのままに最後まで潔く格好いいコンサートだった。 まあ、最近はこういうクラシックの演奏会がブームになっているし、まして、今日の聴衆は、高嶋ちさ子の演奏とおしゃべりを聴きにきた人たち(タカシマニア)ばかりだろうから、かなり満足して帰ったのではないだろうか? これで3,000円は、やはりお値打ちモノですな。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

六月の子守唄

 6月である。かのバラクーダの「日本全国酒飲み音頭」で、「6月は田植えで酒が飲めるぞ」と唄われた6月である。 田植え中に酒を飲むような不謹慎な人間はいないだろうが、最近は、稲刈り中のコンバインの機上で、缶ビールを飲んでいるツワモノをよく見かける(これが、結構美味そうなんだよね~)から、乗用田植機が主流の昨今、あるいは田圃のほうでは、すでにトレンドになっているのかも知れない。

  星がひとつ空から落ちてきた
  六月の子守唄をうたう母のもとへ・・・
 

 今日、FMで久しぶりにウィッシュの「六月の子守唄」を聴いた。 6月の声をきくと、耳にするようになる、いわば季節モノソングの一つであろう。 以前のように6月1日の朝、衣替えで、駅通りや電車の中の光景が白一色に一変する、なんてことがなくなってしまったので、こんな歌を聴いて、季節の移り変わりを意識せざるを得ないのだろうか。

 この歌は僕が高校2年の時に友人と昼休みに教室でギターでハモっていた記憶があるが、ウィッシュ自体が1973年にデビューして、翌年には解散してしまったのでデビュー曲の「ご案内」とこの歌くらいしか印象に残っていない。 いや、印象に残っているのは、デビュー曲となった「ご案内」の出だしが

 今日 お葬式をします
 どうぞ 涙は流さないで・・・

で始まり、いきなりドキリとした、ということもあったが、後日談で、当初、この詩に吉田拓郎が「曲をつけたい」というのを断って、作詞者であった伊豆丸礼子が曲をつけて、妹の幸子との姉妹デュオ「ウィッシュ」のデビュー曲となった、という逸話をきいて、並の新人さんではないな~、と驚いたことだ。 なんといっても、大御所たくろうからのプロポーズを断ったのだから、よほど自分の作品に自信をもっていたのか? 吉田拓郎作曲の「ご案内」を聴いてみたい気持ちもあるが、多分、ウィッシュのデビュー曲にはならなかったのではないか? 絶対に雰囲気わないだろうな~。

 で、この「六月の子守唄」のほうは、確か伊豆丸姉妹の作品ではなく、オリジナルは「みにくいあひるの子」というグループのものであった、と記憶している。 オリジナルについての印象がほとんどないので、出来は後発のウィッシュ盤の方がよかったのだと思うが、グループ名がビリーバンバンの曲と同じ名前だったので、かろうじて記憶に残っている、という感じで、詳しいコメントができないが、「六月の子守唄」という隠れた名曲を世に送り出したグループとして、後世に名を残したわけでである。

 アリスの「今はもう誰も」のオリジナルも、京都のアマチュアグループ「ウッディ・ウー」で、イケメンボーカルだった佐竹俊郎氏の作詞・作曲であったのと同じだが、このオリジナルのほうはフォークギターとベースだけのシンプルな伴奏で、素朴でいい味を出している、と思う、というよりも、どちらかといえば、ウッディ・ウーの「今はもう誰も」のほうが、僕は断然好きだ。

 で、本論に話を戻すと、

 高校時代に、メロディーとハーモニーの美しさ故に愛唱曲としていた「六月の子守唄」、暫くは自分にとって忘れられた存在になっていたのだが、結婚して、子どもが生まれて、という段になって、9月生まれの長男が、8ヶ月くらいだった頃(なにせ6月ですから)、添い寝をしながら、子守唄を歌っていたのだ。 当時の保育園の方針が、子守唄替わりに市販のCDやカセットを流してはダメ! 絶対にお父さん、お母さんが自らの声で歌ったり、お話をしてあげてください、というものだったので、お父さんとしては頑張っちゃってたわけである。(一節太郎の浪曲子守唄みたいなもんだね・・)

 梅雨の中休みで、結構星が綺麗な夜。 なかなか寝付いてくれない長男坊に、レパートリーに詰まり、次は何歌うかな~?と思案していた脳裏に、突如として浮かんできたのが「六月の子守唄」だった。

  星がひとつ空から落ちてきた
  六月の子守唄うたう 母のもとへ

  さわるとすぐにこわれそう
  ガラスのようなおまえだから
  風がわるさせぬように
  悪魔がさらっていかぬよう

  そしておまえが目をさましたならば
  一番はじめに私が見えるよう


 時々、歌詞に詰まりながらも、歌い終えて、あらためて、しみじみ歌詞の意味を考えながら思ったものだ。

 高校時代の自分には「六月の子守唄」が全く歌えていなかった、ということを。
(そりゃそうだよね。 子どもを産んだ経験ないもん。)

 それからというもの、歌詞中の「母」を「父」に読み替えて(笑)、我が家に「六月の子守唄親父バージョン」が響くようになりました。 

 あるとき、うちの細君が「何? その歌、変な歌、子どもに聴かせないでよ~」
 「じゃあ、あんたが歌ってあげなよ」
 「そんな歌、知らないもん」
 「えっ!ウィッシュの『六月の子守唄』知らないの?」
 「全然!」
 「何だよ、同い年で、とても同じ時代を生きてきたとは思えねえな~」
 「いつ頃の歌よ?」
 「高校1年か、2年のとき流行ってたろ? コッキーポップ聴いてなかった?」
 「あたしゃ、その頃は、ビートルズのコピーバンドの追っかけやってたから、フォークなんて聴かなかったもん」

 ああ、そういう奴だよ、おまえさんは・・・ ワタシが悪うござんした・・・

  母はこうしていつまでもいつまでも
  おまえのそばにいてあげるから

  大きくおなり優しくおなり
  母はこうしていつまでも
  おまえのそばにいてあげよう
  私の愛を忘れずに

  星がひとつ空から落ちてきた
  六月の子守唄をうたう母のもとへ 


(詩は あだちあかね さんです)

 でも、こうして歌詞を文字にしてみると、「母」を「父」に替えると、確かにオカシイかも知れない。



     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

漆原朝子ヴァイオリンリサイタルを聴いて

 鴻巣市のお隣、北本市文化センターで行われた「身近に良い音楽をきく会発足11周年記念2006ワンダフルコンサート 漆原朝子ヴァイオリンリサイタル」を聴いた。 なぜ、11周年記念なのか?(昨年は10周年だったのかしらん)というのはともかく、北本市を中心に活動しているこの市民団体は、年会費1万円也を納めると、国内の一流アーティストの演奏会を年3回(3,000円の自由席チケット各2枚で合計18,000円分)楽しめるという、かなりお得なサービスを売り物にしている。

 今夜のコンサートは、5月の花房晴美(ピアノ)のレクチャーコンサート、9月の工藤重典フルートリサイタルに続く、今年の最終演奏会であった。このブログでは紹介していなかったが、前の2回とも演奏者がマイクを片手に曲目の解説をしたり、かなりフレンドリーな雰囲気を漂わす内容であった。演奏はもちろん素晴らしかった。

そして今晩のプログラムだが、
①モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378
②ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第9番「クロイツェル」
15分の休憩を挟んで・・・
③フランク/ヴァイオリン・ソナタ イ長調
④サン=サーンス/序奏とロンド・カプリツィオーソ
と、いずれ劣らぬヴァイオリンの名曲のオン・パレードという選曲であった。

会場に入って、一番びっくりしたのは、開園11分前だ、というのにピアノの調律をしていたこと。調律は開演ぎりぎりまで続いていたので、あるいはリハーサルのときに、不具合でもあったのかもしれないが、無事に始まるのか、また、演奏途中でヴァイオリンのように弦が切れたり、ピアノが分解してしまうのか? 果ては、ピアノを叩いた瞬間に、ピアノがステージを突き破って、地球の中心まで達してしまうのでは? 新興宗教小度胸(教・・こどきょう)信者の心配性と誇大妄想癖は留まるところを知らない。

 定刻に無事演奏会は始まった。漆原さんは純白のドレス、伴奏の鷲宮美幸さんは桃色(あえてピンクとはいわない)のドレス、そしてフメクリスト(譜めくり)の女性は上下とも黒といういでたちだった、のが視覚的に妙に印象的であった。

 最初のモーツァルトの34番のソナタには、ビックリした。と、いうか度肝を抜かれた。「あれ、こんな曲だったっけ?」とプログラムを見直したくらいである。音楽そのものではなくて音(響き)が重く暗い、この音楽は、少なくとも自分の頭の中では、もっと明るく(といっても有頂天に底抜けに明るい、ということではない)優雅に響いていたはずなのに、のっけから何か重い十字架を背負いながら、苦痛に満ちた感じでヴァイオリンを弾いているような印象だ。もしかすると、先ほどまでのピアノの調律と関係あるのかしらん?と勘ぐってしまう。第一楽章のアレグロ・モデラートから、文字通りのスピード感は感じられるのに、音符の一音一音が重く陰影をこめて響いている。そして、それは最終楽章アレグロのフィナーレまで、その影の濃淡を変えることはあっても、はっきりと残像を引きずったままだった。だからといって、ピアノと呼吸が合わない、とかいうのではない。僕は、とまどいを覚えながら、胸がドキドキとするのを感じながら、漆原さんのボウイングをずっと凝視し続けた。長調のモーツァルトを、こんな表情をして演奏する光景を見るのは初めてだった。確かに、この曲はモーツァルトが、ザルツブルクの大司教によってウィーンから呼び戻されて、いわば、かなり失意というか挫折感の中で作曲されたものであるから、あるいは、そんな心境を楽譜の中に見出した演奏であったかもしれない。
 多分、モーツァルトを聴きに来る聴衆の大半が望んでいるような演奏ではなかったかも知れないが、かなり自分にとってはショッキングな演奏だった。そう、まるでブラームスの作品のような感じだった。

 半面、2曲目のクロイツェルソナタは、なにかホッとする、座り心地のいい演奏だった。もう少し、音の強弱というか、メリハリのあるほうが僕は好きなのだが、実は、昨晩、寝るのが遅くて、第二楽章の途中でつい、居眠りを・・・。まあ、安心して居眠りができるくらい、いい演奏だった、ということでご勘弁下さい。感想終わり。

 15分間の休憩になって、またしてもピアノの調律が始まった。もしかして、鷲宮さんお抱えの調律師? または内田光子さんみたいに曲の調性に合わせて、調律のし直ししてるのかしらん? なにか気になって、結局、トイレに行くこともせず、そのまま興味津々、調律を見守ってしまったけれども、今回は特別、チューニングハンマーを使わず、音の確認だけだったようだ。

 3曲目は、僕の大好きなフランクのヴァイオリン・ソナタである。(フランク自身が好きなのではなく、曲が好きなのである。フランクソーセージも実は好きではない。)
 フランクは、ドイツ生まれのベルギー人の作曲家で、活躍したのはフランスのパリというかなり複雑な経歴をもっている。 かつては、大学時代に発売されたグリュミオー盤がずっとずっと一番いい、と思っていたのだが、以前、若かりし頃の前橋汀子さんのリサイタルで聴いたフランクでのゾクゾク身震いのするようなポルタメントを経験してから、というもの、最近では女性ヴァイオリニストの演奏だと、ことのほかイイ! 「フランクは女性ヴァイオリニストに限る」ということになってしまった。 この曲だけは男性ヴァイオリニストには弾いて欲しくないなあ、などと勝手に思い込んでいる。 

 奇しくも昨年の同じ北本市文化センターでの、前橋汀子さんのリサイタルでのこれまで以上にネットリと絡みつくようなフランクの演奏との再会で、その思いは強くなった。 恥ずかしながら聴いている46歳の自分に対して「坊や、ちょっと私の音楽の世界に入って来ない?」みたいな感じで、まるでヴァイオリンの弦を弓で擦る度に、目に見えない蜘蛛の糸が四方八方に吐き出されて、聴いている人の魂を手繰り寄せるようなものであった。
 今晩の漆原朝子さんのフランクは、それよりも、ちょっと冷徹、醒めた感じ(そういう意味でフランク?)が色濃く、人を惹きつける芳香を撒き散らしながらも、ある一定の距離のところには結界があって近づけない、しっとりとポルタメントを奏でるたびに「おいで、おいで」をするのに、近づこうとしても、距離は縮まらず、その度に遠ざかって、またそこから、こちらを向いてニッコリと微笑み、手招きをする、みたいな感じである。正当な音楽の聴き方ではないかもしれないが、そこがとてもいい! 本来、この音楽はこういった演奏が作曲家が求めていたものなのではないか?という気さえする。 先ほども述べたように、フランスとベルギーとドイツのごちゃまぜになった人の作品である。 ドイツの骨っぽい構成、造形美の中に、フランスの艶やさ、退廃的・貴族的な香りがたちこめている。 ボディーはベンツ、エンジンはポルシェなんだけど、内装はシトロエンやプジョーみたいなものですかね。
 いやはや、充分に堪能させていただきました。 今、考えると、どうも最初のモーツァルトも、順番は逆になるが、このフランクの影響というか、リハーサルのときの残像~イメージが漆原さんに残っていたのではないか?みたいな勘繰りが出てきてしまった。もちろん、プロとしてそんなことはないだろうが。

 最後のサン=サーンスは、もう、ここまでくれば、といった感じで、どっぷりと演奏に身を委ねる事が出来た。今日のプログラムはすべてが名曲、すなわち有名な曲ばかりなので、逆に失敗するとすぐに目立ってしまうわけであるから、演奏するほうも気が抜けなかったのではないか、と思うが、少し一本調子のような感じで、他の弦の音が聞こえる回数が多かったかな、と感じるが、音楽の流れ自体には影響なく、コンサートの最後を飾る立派な演奏だった、と思う。

 アンコールはエルガーの「愛の挨拶」であった。

 ヴァイオリン・ソナタが並んだプログラムだが、本来はヴァイオリンとピアノのためのソナタである。当然、ピアノの鷲宮美幸さんのピアノは、伴奏ではなくて、ヴァイオリンとのパートナー、コラボレーターとしての役割を充分に果たしていた、と思う。

来年のワンダフル・コンサート2007は
6月28日(木) 小川典子(ピアノ)
9月14日(金) 戸田弥生(ヴァイオリン)
11月6日(火) 天羽明恵(ソプラノ)
いずれも会場は北本市文化センター 開演18:30だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジャニス~17歳の頃

 「ジャニス」といえば、ジャニス・イアンだったり、ジャニス・ジョプリンだったり、人それぞれで思いは違うことだろう。
 いずれも1960年代の後半から70年代を生きた人間にとっては忘れ得ないシンガーではないだろうか? 生まれたのはジョプリンが1943年、イアンのほうが1951年と違うもののデビューは同じ1967年だ。(ジョプリンはその3年後の1970年に亡くなった。)

 同じ”Janis”という名前をもちながら、ジョプリンはシャウトすることによって自分を表現し、イアンは母親が我が子に語りかけるような歌い口で、文字通り、我々に慰安を与えてくれた。 キャロル・キングほどのメッセージ性はなかったかもしれないが、それは、やはり彼女が16歳(1967年)でデビューした後、17歳で結婚、子供をもうけ、離婚、また結婚という波乱万丈の人生を歩んだからこそ、生まれた名曲”At Seventeen”「17歳の頃」(1974年)だったのだと思うのだ。 
 この曲がラジオのスイッチをひねればAMだろうがFMだろうがNHKだろうが民放だろうが流れなかった日はない、といった頃、僕は高校1年生だった。

 「ジェシー」「恋は盲目(”Love is Blind”)」「Shall We Dance?」と彼女のヒット曲は続くが、嬉しかったのは、彼女の英語が僕に十分に聞き取れるほど、ゆっくり、鮮明だったことだった。だから、タモリ倶楽部の空耳アワーに、ジャニスの歌は出てこない(?)(少なくとも僕が見たときは・・・)

 CDクラブで南沙織の懐かしい名前を見たのは昨年の12月だった。南沙織のCDの発売ではない。ジャニス・イアンのベスト盤の紹介のための文章をクラブ会報に寄稿したのだった。山口百恵は僕と同世代だが彼女の復活は望まない。南沙織~シンシアの復活というか、彼女が70歳になった頃に歌う「17歳」を聴いてみたいものだ。そして、ジャニスが70歳になったときに歌う「17歳の頃」も・・・。 でもオバサンを通り越してオバアサンになった森高千里のミニスカート姿で歌う「17歳」は多分、見たくないだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)